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「企業の内部留保に課税」の問題点

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消費税増税凍結を訴える希望の党は「企業の内部留保300兆円に課税する」と主張しています。

消費税増税を凍結し消費の冷え込みを回避する一方、300兆円もの大企業の内部留保に課税することにより、配当機会を通じた株式市場の活性化、雇用創出、設備投資増加をもたらす。

安倍首相と同じく、保育や教育の無償化、返済の要らない奨学金(給付型奨学金)の拡充などを掲げているので、その財源策が問われているからです。

これは、毎年、共産党が国政選挙のたびに「大企業の内部留保に課税せよ」と訴えていたのをまねた政策と思われます。

古い話では、2010年2月に、鳩山由紀夫氏(当時、首相)が共産党の志位委員長と会談し、この件を進めようとしていたことがありました。

  • 志位氏:「大企業の内部留保が日本経済の成長力を損なっている」
  • 鳩山氏:「内部留保に適正な課税を行うことも検討してみたい」

こんな議論がかわされたのですが、結局、その後の鳩山氏の求心力低下で不可能になったのです(当時は意気軒昂だったんですね)。

過去の先例からみると、希望の党が躍進したら、内部留保課税で共産党と連携する可能性があることに注意すべきだとも言えます。

選挙が始まると、毎回「大企業は内部留保をためこんでいるから、そこから賃上げするなり、税金を払うなりするべきだ」という主張が出てくるのです。

しかし、これは政策として成り立つのでしょうか。

「内部留保に課税」の問題点①:二重課税

企業の利益とは総売上から製造コストや他のもろもろの経費、従業員の給料や福利厚生等を差し引き、税金(法人税等)を払ったうえで残ったお金のことです。

この利益から株主への配当金が支払われた後に残ったお金が「内部留保」に相当します。これは現金や預金の形で残ることもあれば、新事業のための土地や設備等に姿を変えることもあります。

もう法人税等を払い済みなので、内部留保は、当然、株主のものです。

そこにさらに課税すると「二重課税」になってしまいます。

これは、一度税を取った後に、二度目の税を取らない(「二重課税」)という日本の租税の原則に抵触します。

そのため、麻生財務相は10月6日、希望の党の内部留保課税について「二重課税になる」とも述べました。

経済の常識から言えば、税を払ったあとの取り分は企業のものです。そこに手を出すのなら、日本が自由主義の国ではなくなってきます。

個人であれ、企業であれ、財産が守られない社会に自由はないからです。

(「お金を自由に使えない=自由に動けない」と同義)

「内部留保に課税」という政策が行われた場合(できると仮定しての話)、日本企業の株価が下がります。そして、投資額が減り、各国の市場関係者からは「日本は社会主義化した」と見られるはずです。

「内部留保に課税」の問題点②:何に課税?

内部留保という言葉には誤解があります。

「大企業には金がうなってるんだ!」という人の頭の中では、企業から現金や預金を取れることになっていますが、会計をみると、もう少し違った内訳になっています。

無論、内部留保の一部は現金や預金になりますが、実際は、有価証券や土地や機械、設備などに化けていることが多いわけです。

お金が積み上がっていると勘違いしている人は、貸借対照表の左側で内部留保が流動資産や固定資産に変化していることを見落としています。

内部留保があるからと言って、その全部が取り立てに適した形式(現金や預金)になっているとは限りません。

「内部留保に課税」の問題点③:会計上の課税項目は?

この政策が可能かどうか。

それを問う前には「内部留保」の構造の復習が必要です。

「課税、課税」と言いますが、衆院選の議論では、内部留保のどこに課税するかが不明確なままだからです。

内部留保=利益剰余金

「内部留保」というのは、会計の用語で言えば「利益剰余金」にあたります。

これは企業が黒字決算の時に利益を積み立てたお金ですが、「貸借対照表」では「純資産の部」に株主資本の一部として記載されます。

その内訳は「利益準備金」と「その他利益剰余金」で構成されます。

その構成を見る限り、課税できるお金は限定されていることが分かります。

  • 利益剰余金=利益準備金+その他利益剰余金
  • 利益準備金は法律で積み立てを義務付けられたお金。
  • その他利益剰余金=任意積立金+繰越利益剰余金
  • 任意積立金は定款や株主総会で積み立てを決めるお金である。
  • 内部留保課税をする対象になりうるのは繰越利益剰余金のみ

この流れに沿って、以下、用語の中身を整理してみます。

「利益準備金」とは

利益準備金というのは、前掲の「利益剰余金」のなかで、会社法により積み立てを義務付けられているお金のことです。

企業は剰余金から配当金を株主に還元しますが、この時に、財務基盤を強化するために、配当金の10分の1を積み立てることが義務付けられています。

(その限度は、資本準備金+法定準備金が資本金の4分の1になるまで)

「その他利益剰余金」とは

その他利益剰余金は「任意積立金」と「繰越利益剰余金」で構成されています。

任意積立金(任意準備金)

これは利益剰余金などから、定款や株主総会の決議に基づいて、会社が任意に積み立てるお金のことです(別名は「任意準備金」)。

前掲の「利益準備金」が法律で義務付けられているのに対して、こちらは「任意」で積み立てていることが大きな違いになっています。

任意積立金には「目的積立金」と「無目的積立金」があります。

目的積立金は「退職給付積立金」「役員退職積立金」「配当積立金」というように、経営上、必要に応じて目的を定めたものです。

無目的積立金は別途積立金ともいわれますが、非常時などに備えてプールしておくお金です。

繰越利益剰余金

これは「利益剰余金」から「利益準備金」と「任意積立金」を引いたお金です。

計算上、前年度の繰越利益剰余金に今年度の利益を加算します。

前年度の繰越利益剰余金に、儲け分から配当金や利益準備金、任意積立金を引いた残り分を足して、今年の繰越利益剰余金を確定するわけです。

・・・

こうして見ると「内部留保300兆円に課税」といっても、意外と課税対象になる金額の幅は限られていることが分かります。

法律で義務付けられた「利益準備金」や株主自治の範囲に属する「任意積立金」は課税対象とは違います。

課税するとしたら、「繰越利益剰余金」ぐらいしかありません。

希望の党の小池百合子代表は10月6日に消費税増税凍結の代替財源として「仮に(300兆円の内部留保に)2%課税すれば、それだけで6兆円、出てくる」と述べました。

(※財務省統計では2016年度時点で406兆円〔金融・保険業を除外〕にのぼる)

しかし、実際に課税対象となりうるのは前掲の「繰越利益剰余金」です。

内部留保300兆円のうち、法律で積立を義務付けられている利益準備金を課税対象にするのは道義に反します。また、株主総会や定款で積み立てを決めた任意積立金も退職金支払い等、経営上、必要なお金なので、課税対象としては不適切です(株主が任意積立金を増やしたら課税額が増える仕組みをつくるのは、企業統治の侵害にあたる)。

この発言から見ると、小池百合子氏は、日本の企業会計の仕組みを理解していない可能性があります。

「内部留保に課税」の問題点④:企業経営の圧迫

では、実際に内部留保に課税するとしたら、どうなるのでしょうか。

少し論点は違いますが、昔、麻生財務相も内部留保について言及したことがありました。大企業(資本金10億円以上)の溜め込た剰余金が「260兆円に積み上がっている。このデフレ経済を回復させるには、これらの金をもっと使わせなくてはならない」と述べたのです。

その時、井上和弘氏(アイ・シー・オーコンサルティング会長)が以下のような記事を日本経営合理化協会HPに投稿していました。

その要旨をみてみましょう。

(出所:強い会社を築く ビジネス・クリニック 第82話

井上氏は内部留保が多いトヨタ自動車を例に出しています。同氏が執筆した頃の2011年度連結決算では以下の金額でした。

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【記事要旨】

  • 利益剰余金:約12兆円(貸借対照表の右側にある)
  • 現預金:1637億円/有価証券:1兆2392億円(貸借対照表の左側にある)

当時、しんぶん赤旗は「現預金の1割を雇用にまわせば、年に800万円の人件費がかかる労働者を約200人雇える」と言っていたそうです。

しかし、トヨタには、以下の有利子負債が約12兆円もあります。

  • 短期借入金:5兆9千億円
  • 長期借入金:6兆円

借入金と内部留保(利益剰余金)の額は大して変わりません。

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一定の現預金や取り崩せる有価証券がないと、キャッシュフロー経営上、支障が出てきます。

結局、「企業の内部留保に課税せよ」論を実行した場合、大企業でも経営が圧迫されることになるわけです。

内部留保に課税せよ、という話の実態は、「現預金」を吐き出せ。有価証券を金に換えて納税せよ、という話に近いからです。

そう言いかえると、かなりの暴論であることが見えてきます。

しんぶん赤旗が要求した規模の、内部留保からの賃上げは困難です。

また、「内部留保に課税」した場合、企業経営は圧迫され、運転資金不足に陥るところが出てくる危険性もあります。

結局、この政策を実施した場合、「金の卵を産む鶏を殺す」ことになります。

企業がつぶれたら、結局、労働者も困ります。

「内部留保に課税」というのは単なるポピュリズムに過ぎないのではないでしょうか。

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