国会

改憲勢力VS護憲勢力 衆院選の結果は?

2017年の衆院選は与党側の勝利に終わりました(議席を減らしましたが)。

そして、希望の党の出現に伴い、「改憲勢力」と分類される議員が圧倒的な多数を占めています。

選挙後の議席数をこの二点で分けると、以下の結果になります。

  • 与党:313
  • 野党:154
  • 改憲勢力:374
  • 護憲勢力:69(+無所属)

各党ごとに議席数を見ると、民進党が分かれ、立憲民主党の議席が増えました。

  • 自民党:284⇒284
  • 公明党:34⇒29
  • 希望の党:57⇒50
  • 維新の会:14⇒11
  • 立憲民主党:15⇒55
  • 日本共産党:21⇒12
  • 社民党:2⇒2
  • 諸派・無所属:39⇒24

各勢力の減った議席数と立憲民主党の増えた議席数は、ほぼ同じです。

  • 各勢力減数:39(5+7+3+9+15=40)
  • 立民党増数:40

民進党が二つに割れたことで、国会は改憲勢力と護憲勢力で二分されました。

もともと、政策的には不一致の議員が集まってできたのが「民主党⇒民進党」なので、今回の選挙ですっきりしたとは言えます。

ただ、この「改憲勢力」という表現は曲者です。

内訳をみると、その面々は呉越同舟だからです。

公明党はもともとは「護憲」なので、自民党と政権を確保するために「加憲」と言ってきただけです。本音ベースで言えば改憲に賛成ではありません(自民保守と同じ路線となれば支持母体の創価学会がついてこない)。

また、希望の党には旧民進党から流れ込んだ議員が多数なので、どこまで改憲に本気かわかりません。

維新の会の「改憲」というのは、教育無償化や道州制がメインなので、九条改正を目指しているとまではいいかねます。

内実を見ると「改憲勢力」というのは、実態にかなっているのかどうかが不明です。

今後、憲法改正の議論は可能になりますが、九条改正にどの程度まで踏み込めるのかは「今後の展開次第」ということになります。

衆院選の結果:前原と小池の「希望」の産物とは

今回の衆院選の火種は、結局、民進党でした。

民進党の幹事長のスキャンダル等を通して、その基盤がガタガタであることが明らかとなり、(勝てると見たのか)安倍首相は解散を決断。

窮地に立たされた前原氏は何と、小池氏の希望の党に合流。

そして、希望の党から排除された議員が立憲民主党を立党。

どれもこれも「民進党」から出た火種です。

今回の顛末を踏まえ、選挙後の前原氏と小池氏の動向が産経ニュース(2017.10.23)で報じられていました(【衆院選 迷走10・22】)。

この記事では、まず、小池氏と前原氏の選挙後の発言が紹介され、過去の経緯を振り返っています。

  • 小池氏:「問題点は山ほどある。これまで東京都知事選と都議選は『完勝、完勝』だったが、今回は完敗だ」
  • 前原氏:「政治は結果が全て。一度立ち止まり、さまざまな方のご意見を伺う」(辞意も漏らした)

そして、10月5日に行われた、まるで喜劇のような問答が紹介されています。

  • 前原「ぜひ衆院選に出てほしいんです」
  • 小池「以前からお話ししている通りです。国政には出ません」
  • 前原「マザー・テレサのように民進党から行った人に寛容な心で接してください」

「小池氏がマザー・テレサ!」悪い冗談もよしてくれと思いますが、前原氏はとんだ見込み違いをしていました。

 希望の党の失速はここから始まったが、前原はこの瞬間まで「小池は最終的に出馬を決断する」と信じ込んでいた。

2人が極秘に合流構想を温めていた9月下旬、小池は仲介人を通じて「都知事を辞任する選択肢もある」との意向を伝えていたからだ。直後の9月25日、小池は希望の党の旗揚げを宣言し、自ら代表に就任した。

ところが、小池氏の本音は「政権交代が確実でない限り、都知事職は投げ出さない」ということです。

小池氏が勝負に出れば「自民議席の大幅減⇒安倍退陣」というストーリーもありえたといわれていますが、小池氏は「1年余りで都知事を辞めるのは無責任」と批判されることを恐れました。

小池氏不出馬と民進党議員への「排除」宣言によって風向きが変わり、希望の党は失速に向かうわけです。

これで漁夫の利を得たのは立憲民主党の枝野氏です。

マスコミは立憲民主党の枝野氏を護憲派の「期待の星」とみて、「筋を通した」と持ちあげました。

しかし、民進党は満場一致で希望の党に入ることを認めていたので、枝野氏もいったんは護憲や安保法制反対の旗を取り下げていたわけです。これは菅直人氏も同じです(安保法制賛成の菅直人氏ってどんな顔してるんだ・・・)。

やや事実とは異なる「筋を通した」というストーリーがつくられ、今回、立憲民主党が躍進しました。

立憲民主党の戦い方は、安保法制成立前の大騒ぎでマスコミが宣伝した「シールズ」とどことなく似ています。

リベラル・護憲派の中でメディア戦略に長けた一派が、昔のシールズのように、また護憲の「期待の星」を世にPRしたようです(詳細はBuzzfeed記事「なぜ#立憲民主党 は議席を伸ばしたのか?」を参照)。

なお、民進党の今後に関しては「希望の党や立憲民主党、無所属から当選した面々が参院民進党と再結集するのではないか」という怪しげなストーリーが噂されています。

さすがにこれをやったら、世間からは総スカンをくらうので、「統一会派」の結成あたりがオチになりそうですが・・・。

衆院選の結果:三陣営化で国会の「見える化」が進んだ?

ただ、保守陣営では「前原・小池騒動で民進党が割れ、結果的に良かった」と見る向きもあるようです。

前述のように「改憲勢力」が多数を占める結果になったからです。

もともと、民主党は旧社会党系の議員、小沢一郎氏が引きつれてきた議員、自民党から立候補できなかった松下政経塾系の議員が混ざっているので、政策に関しては一致しない議員が集まっていました。

これに維新の会からの離党組が加わったので、さらに毛色が違うグループが増え、実に怪しい政党になっていたのです。

その民進党が共産党と連携すると、個別の政策で見た時に「真逆の主張を掲げる者同士で協力して選挙を戦う」という怪しげな光景が全国に出現します。

消費税増税法案を成立させた元民主党の議員が、消費税増税反対を掲げる共産党と選挙協力をして議席獲得を目指す、という笑えない光景が各地で展開していたわけです。

そうまでして連携したのは、結局、安倍政権による憲法改正を阻止するためでした。

こういう怪しげな政界の関係が一つ整理され、「自公政権」「希望+維新」「立民+共産」という形で「似たもの同士」のグループに分かれたことは、今回の選挙の一つの「成果」だといえるのかもしれません。

政策の一致度の高い議員同士で政党を運営するようになったので、今までよりは政界が分かりやすくなりました。

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(護衛艦「くらま」。出所はWIK画像)

安保問題が争点となった衆院選

今回の衆院選では、珍しく安全保障問題が争点になりましたので、最後に九条論争の争点を整理してみます。

現在、九条と安保法制について、各党は以下のように主張しています。

  • 自民党:安保法制賛成/九条に自衛隊明記/集団的自衛権を限定容認
  • 公明党:安保法制賛成/九条加憲(内容不明)/集団的自衛権を限定容認
  • 希望の党:安保法制賛成/憲法改正は九条以外も/集団的自衛権を限定容認
  • 維新の会:安保法制に是々非々/九条改正容認/集団的自衛権は是々非々
  • 立憲民主党:安保法制反対/九条改正反対/集団的自衛権行使に反対
  • 共産党:安保法制反対/九条改正反対/集団的自衛権行使に反対
  • 社民党や自由党:安保法制反対/九条改正反対/集団的自衛権行使に反対

安倍首相は憲法改正を主張しましたが、有権者の中には「戦後70年以上、日本は平和だったのだから、わざわざ憲法を変えなくてもよいのではないか」という考え方が根強くあります。

しかし、今後も、同じような平和が続くとは限りません。

冷戦時代には米国は日本がソ連領となることを恐れ、ソ連の脅威に対抗しました。米国が世界の警察官を標榜し、同盟国を守ってきたのですが、オバマ政権以降、米国はそれをあきらめつつあります。

現在、北朝鮮の核ミサイル開発が進み、中国も軍拡を続けていますが、日本の防衛体制は、その根本が変わっていません。この時代に、朝鮮半島や東シナ海、台湾などで紛争が起きた場合に、今の憲法九条を中心とした体制で対応できるかどうか、という問題があるわけです。

憲法九条があっても自衛隊を持てる理由

不思議なことに、わが国は憲法九条があるのに、なぜか自衛隊を保有しています。

【日本国憲法 第9条】
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

ここでは「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権の否定」を定めています。

条文通りに読めば、とうてい、軍隊に相当する組織を持てるはずがありません。

しかし、我が国は自衛隊を持てるように憲法を上手に解釈しています。

そのカギとなる魔法のワードが「自衛権」です。

この解釈を支える政府のロジックは、以下のようなものです。

  • 九条第1項で侵略戦争を放棄。
  • 九条第2項は「交戦権」を否定するので、それ以外の戦争(自衛戦争等)も放棄されたと見なします。
  • 「前項の目的」に則って「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」するため、日本は「戦力」を持つことはできず、他国を戦力で制裁・威嚇することもできません。

しかし、日本には自衛権があり、そのための「最小限度の実力」は持てる、という苦肉の策を取っています。

  • 国連憲章は侵略された国に、国連が救済措置を取るまでの間、自衛措置を取ることを認めている。
  • 日本にも侵略に対抗する権利(自衛権)がある。
  • 自衛権の行使は国際法で違法化された戦争とは違うので、憲法九条とは矛盾しない。
  • 日本国憲法は「戦力」の保有を禁じたが「自衛権」を使うための「最小限度の実力」は認めている。
  • 「自衛力」としての自衛隊の存在は認められる(合憲)。

かくして、日本は「戦争」できませんが、「自衛権」は行使できます。「専守防衛」という理屈をたて、攻撃を受けた時は反撃できる、という論理をつくりました。

  • 自衛権=「国が他国からの攻撃などの急迫・不正の侵害を排除するためにやむをえず必要な行為を行う権利」
  • 自衛権の行使を裏づける、「自衛のための必要最小限度の実力」(自衛力)を持つことは合憲
  • ゆえに戦争放棄、戦力不保持、交戦権は否認されても、自衛隊の存在は合憲。

すさまじく分かりにくい論理ですが、そうしないと自衛隊はもてず、我が国は侵略に無防備になってしまいます。

そのため、憲法学者に「違憲だ」とののしられながらも、政府はこの解釈で自衛隊の保有を正当化しました。

そして、戦後70年を経て、当初は社会の片隅に置かれていた自衛隊も、災害救助等の活躍が評価され、日本社会の中で市民権を得、一定の尊敬を得るに至っています。

結局、戦後直後にできた条文と今の日本の置かれた現実との落差が拡大し、「条文第一」の憲法学者と強硬な護憲論者は自衛隊を違憲と見、政府と普通の日本国民は自衛隊を許容しているのが現状だとも言えます。

※「戦力」と「自衛力」の違い
 日本政府は、警察予備隊ができた1950年には「戦力」を「近代戦争を遂行する能力」と解釈し、警察予備隊にはその能力がないから合憲だと述べていました。しかし、1954年に自衛隊ができた時、鳩山内閣は、自衛のための必要最小限度の実力(自衛力)を保持することは禁じられていないと解釈したのです。「警察力」を超えながらも、「『戦力』に至らざる程度の実力」を「自衛力」として説明し、「自衛隊」を正当化しました。今の政府は、この解釈を引き継いでいます。

※自衛権の根拠(国連憲章 第7章 第51条)

 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない(以下略)

自民党の九条第三項加憲案が出てきた理由

安倍首相は2017年の5月に「憲法九条第三項に自衛隊を明文で書き込む」と主張しました。

5月3日の「第19回 公開憲法フォーラム」で以下のビデオメッセージを公表しています。

 命懸けで24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。
しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が、今なお存在しています。

「自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。

私は少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきであると考えます。

もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。

そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。

要するに、前節で述べた「条文」と「現実」の落差を埋めたい、と言っているわけです。

現行憲法で自衛隊を正当化するロジックはあまりにも複雑すぎます。

そして、憲法を文字通りに読めば、「違憲」の疑いが残るため、第三項に「自衛隊」の存在を完全に正当化できる条文をつくろうとしたわけです。

これは、既成事実としてできた自衛隊を正式に認めようじゃないか、という議論です。

安倍首相の立場は、前原誠司氏とほぼ同じです。

前原氏は2017年民進党代表選に出る前に「私は改憲ではなく、“加憲”を主張してきた。9条第3項、あるいは10条といった形で、自衛隊の存在を明記してはどうかと考えている」と述べています(『週刊東洋経済』2017/5/13)。

※公明党は従来、憲法に「加憲」を議論しよう、とあいまいに述べてきましたが、最近は安倍首相の論調に合わせてきています。

「憲法第9条については、戦争放棄を定めた第1項、戦力の不保持等を定めた第2項を堅持した上で、自衛のための必要最小限度の実力組織としての自衛隊の存在の明記や、国際貢献の在り方について、「加憲」の論議の対象として慎重に検討していきます」(公明党HP)

九条改正を許さない護憲派の反論

もっとも、この案に対して、共産党や社民党、そして立憲民主党などは、当然、反発しています。

第三項の自衛隊の条項が優先され、憲法第一項と第二項が有名無実化されると主張しているわけです。

例えば、共産党は以下のように主張しています(政策ダイジェスト|日本共産党中央委員会)。

 安倍首相は、戦後初めて、首相として、具体的な期限と条文を明確にして改憲の意思を明らかにしました。「維新」や「希望」も9条改定をとなえています。

9条に自衛隊を書きこむという首相の改憲案が実行されれば、「後からつくった法律は前の法律に優先する」という法の一般原則(後法優先の原則)により、9条2項(戦力不保持・交戦権否認)は空文化=死文化することは避けられません。

首相が憲法9条に書き込もうとしている自衛隊とは、安保法制=戦争法によって集団的自衛権の行使が可能となった自衛隊です。海外での無制限の武力行使を可能とし、憲法違反の安保法制を合憲化する――これが安倍改憲案の正体です。

後法優先の原則という難しい言葉をもってきています。

弁護士ドットコムは、この用語を「法律と法律の内容が相互に矛盾・抵触する場合には、時間的に後に制定された法律が、時間的に先に制定された法律に対して、優先的に適用されること」と説明しています。

こういうフレーズが出てくると、何となく共産党の言う通りになるような気もしてきます。

しかしながら、筆者は「そこまでいくんだろうか」という疑問を禁じえません。

共産党は、もともと自衛隊違憲論なので、「第一・二項」と「第三項」が対立関係になると見て「後法優先の原則」が働くと論じています。

しかし、自民党系の防衛法制の考え方では、そもそも「第一・二項」があっても自衛隊の存在は「合憲」なので、「第一・二項」と「第三項」は対立・矛盾する関係にはならないのです。

この場合、「後法優先の原則」は打ち出せません。

第三項に自衛隊条項を書いたところで、結局、現行憲法上、自衛隊は「必要最小限度の実力部隊」です。第一項と二項の制約が残るので、結局、諸外国の軍隊と同じような動き方まではできないはずです。

要するに、自衛隊は今と同じく第一・二項の制約を受けながらも、その存在が容認される、という落ちになる可能性が高いのです。

「九条第三項に加憲」後も残る課題

恐らく九条三項に自衛隊を明記したところで、一項と二項がそのまま残った場合、以下の制約は変わりません。

武器保有上の制約

今の日本では、憲法九条に基づいて「攻撃的兵器」の保有が禁止されています。

長距離戦略爆撃機、攻撃型空母、大陸間弾道ミサイルなどは、「自衛のための必要最小限度の範囲」を超えた兵器だと見なされているからです。
大陸間弾道ミサイル(長距離弾道ミサイル:ICBM)とは、一般的には射程距離5500km以上の弾道ミサイルのことを指します。
そして、中距離弾道ミサイル(射程距離1000~5500km:IRBM)に関しても、昭和45年(1970年)に中曽根防衛庁長官が「持てない」と答弁していました(第63回国会 内閣委員会 第31号 昭和45年10月28日)。
中国がどれだけ日本を狙うミサイルをつくっても、日本は憲法九条のために、それに対抗するミサイルを持てないようになっているのです(自衛隊にはヘリ空母に相当する「いずも」や「いせ」等がありますが、これらは「護衛艦」であり、「空母」ではないとされる)。
日本には、九条によって自衛隊が持てる装備に制約がかかるため、中国に対しては、ハンディ戦を強いられたような関係になっているわけです。

専守防衛

我が国は、憲法九条に基づいて、「専守防衛」を防衛の基本的な方針としています。

「専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」

これは繰り返し、延々と政府が確認してきた方針です。

この方針は集団的自衛権の解釈変更以後も維持され、2014年には従来の方針を踏まえながら、「武力の行使」の新三要件が出されました。

これは、原則として第一撃を受けないと反撃不能な体制です。

この論理があるから、空自のスクランブル機は必ず二機で飛び立ちます。

元空自自衛官に聞いた話ですが、専守防衛のため、自衛隊機が先に手を出すのは困難なため、有事には片方が撃墜されることを想定し、もう一機が反撃するために、二機の戦闘機で飛び立つのだそうです。

自衛隊員の生存権が脅かされていますが、「専守防衛」というのは、現場レベルにまで行くと、そういう恐ろしい話になるのです。

現代の兵器は破壊力が高いので、先制攻撃を受けた自衛隊の部隊は壊滅します。北朝鮮の核兵器や化学兵器で都市に先制攻撃を受ければ、数十万人以上の国民が犠牲になります。

この制約はもともと、憲法九条第一項と第二項から発生しているため、第三項で自衛隊条項をつくろうが、大差なく残ると推測されます。

三項で自衛隊の存在が認められることと、諸外国と同レベルの「武力の行使」が認められることとは、別の問題だからです(前者は自衛隊の存在の是非の問題だが、後者は自衛隊の動き方を規定する原理の問題)。

厳格な防衛出動発令の要件

憲法九条から専守防衛の原則が生まれ、それに則って「自衛権の発動」の要件が決まります。この要件は非常に厳しく、今の日本は、侵略を「予防」するために自衛隊を動かすことは、ほぼ不可能になっています。

【「武力の行使」の新三要件】
◯ わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
◯ これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
◯ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

基本的に、日本が自国を守るために自衛隊を動かせるのは「わが国に対する武力攻撃が発生」した後です。そして、他国の軍隊を排除するために自衛隊を動かす前に、その他の適当な手段(外交等)を用いなければなりません。

自衛権を行使するには、自衛隊法76条に基づき「防衛出動」を発令しなければなりません。

そのためには、安全保障会議で定めた「対処基本方針」を閣議決定後、国会の承認が必要です。

(※非常時には国会の事後承認もありうるとされていますが、史上、前例のない「防衛出動」の発令を、今の政治家が国会承認なしで出せるとは思えません)

敵基地攻撃能力を持てるのか

ここまで読んで、「あれっ。敵基地攻撃能力を持つって自民党は言ってなかったっけ」と思われた方もいるかもしれません。今の三要件を読むと、そんな能力はとても持てなさそうに見えます。

しかし、過去、鳩山一郎内閣の頃、日本政府は「攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは自衛の範囲内に含まれ、可能であるというべき」という国会答弁を行ったことがあります。

敵基地攻撃能力は、現行憲法では「グレーゾーン」になっています。

これを行うためには、北朝鮮などが日本へのミサイル攻撃を開始した段階で「武力攻撃が発生した」と断定する必要があります。

この「武力攻撃の発生を認める時点をいつにするか」という明確なコンセンサスが与党内で固まっているわけではなく、今の政府は専守防衛に基づいて、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使することにしています。

行使に制約がかかる「集団的自衛権」

「自衛権」は、国連憲章で加盟国に認められている権利です。

自衛権には「個別的自衛権」と「集団的自衛権」があります。

個別的自衛権というのは、自国の領土、領海、領空で攻撃を受けた時に、自衛に必要な武力を用いる権利のことです。
これに対して、集団的自衛権というのは、ある国が攻撃された時に、密接な関係を持つ他国(同盟国など)がその国を助け、共に防衛する権利のことです。

例えば、日本とアメリカは同盟関係にありますが、日本が北朝鮮軍に攻撃された時に、アメリカ軍が日本を助けるために北朝鮮軍と戦ったら、これは集団的自衛権の行使にあたります。

日本は、2014年の解釈変更まで、九条を理由に集団的自衛権の行使を禁じていました。

日米同盟はあっても、アメリカが日本のために集団的自衛権を使えるのに、日本の側はアメリカのために使えない状態が長く続いていたのです。

そのため、日本の領海や領空の外でアメリカ軍だけが攻撃を受けた場合、自衛隊がアメリカ軍を助けるために行動できず、有事に同盟に亀裂が入る危険性が指摘されていました。

(公海上で攻撃を受けた米国艦艇を自衛隊のイージス艦等で防衛できず、米国領(グアム基地等)を狙った弾道ミサイルの迎撃もできなかった。これは安保法制等で改善されている)

しかし、中国の台頭などの国際情勢の変化を考慮し、安倍政権は集団的自衛権の行使を限定容認しました。

この権利を「わが国と密接な関係にある他国」が攻撃され、それが原因で「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合には、この権利を使えるようにしたのです。

しかし、「わが国と密接な関係にある他国」が攻撃を受けることは、必ずしも日本の存立を脅かす事態に直結するとは限らず、その判断を巡る各党の見解も不一致が生じやすいので、実際に集団的自衛権を用いるのは簡単ではありません。

自公政権の場合、自民党が行使を容認しても、公明党が容認できなければ、説得に時間がかかり、迅速な決断が迫られる非常事態に、集団的自衛権を使えなくなる可能性があります。

例えば、台湾で武力衝突が起き、台湾が中国領となれば日本のシーレーンが脅かされますが、現在の日本は台湾を「国家」と認めていないので、この三要件の下では、台湾を守るために集団的自衛権を使えません。
そのため、台湾が中国から攻撃され、アメリカ軍の第七艦隊が台湾防衛のために出動した場合に、日本は台湾軍を助けることはできません。

まず、アメリカ軍の後方支援を行うことになります。

そして、「わが国と密接な関係にある他国」であるアメリカへの「武力攻撃」が発生し、その被害が「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合にのみ、日本がアメリカのために集団的自衛権を行使することになります。

この場合、集団的自衛権を行使しても、自衛隊は「アメリカ軍を助ける」という範囲でしか動けないわけです。

アメリカ側は、「日本は集団的自衛権の行使を認めたのだから諸外国並みに動けるだろう」と考え、日本に協力を要請しても、現実には限られた範囲でしか集団的自衛権を使えず、自衛隊は法的根拠のある範囲でしか動けません。

有事には、アメリカ側は機動的な対応を求めてきますが、この場合、何の制約もなく動ける米軍と、行動に枠がはめられた自衛隊との間で齟齬が発生する可能性があるわけです。

日本国憲法上、我が国は「フルスペックの集団的自衛権」は使えないと見られています。

しかし、安倍首相は、日本も集団的自衛権を使えるようになったと各国に宣伝しました。

そのため、米国等が日本も完全な集団的自衛権を使えると誤認し、それを求めてきた時に、実際には対応できない、という事態が起こる可能性もあります。

憲法解釈の変更後、アメリカ側の期待値は上がったわけですが、有事に機敏に動けない自衛隊の姿が明らかとなれば、「日米同盟はあてにならない」という話が浮上する危険性が残っているのです。

ポジティブリストでしか動けない自衛隊

自衛隊は「軍隊ではない」ため、法令で決めたことしかできません(ポジティブリスト)。

法令の根拠がなければ行政行為はできませんが、自衛隊も同じ枠組みに置かれているのです。

(これは警察が法令の根拠がなければ動けないのと同じ)

しかし、諸外国の軍隊は国際法や自国の法令で禁止された行為以外は、必要に応じて臨機応変に動けます(ネガティブリスト)。

そうしているのは、戦場では想定外の出来事がよく起きるため、あらかじめ決めたことしかできない軍隊では、非常事態に対応できないからです。

警察は国内の治安維持のための組織ですが、軍隊は対外的に国を守ることを任務とした組織なので、違った動き方をします。
しかし、日本の自衛隊は日本国憲法の下で「警察予備隊」として発足しました。そのため、軍隊並みの兵器を持っても、警察と同じように、法令で決めたこと以外はできません。

そのため、現状では、何が起きるかわからない戦場に対応するのは難しいと言われています。

九条一項と二項のあり方が問われなければいけない

結局、第三項に自衛隊を明文で盛り込んでも、前節であげた課題は残ります。

それらは、有事に自衛隊が動けるかどうかを左右する、根幹に関わる制約となっています。

集団的自衛権の限定容認の時も、安保法制の時も、わかりにくい議論の山だったので、国民がちんぷんかんぷんのまま、国会での議決が終わりました。

このわかりにくい問題を、国民に説明する勇気がわかないので、結局、自民党も憲法改正においては「第三項に自衛隊を加憲」という落ちに留めています。

ただ、結局、有事に本気で対応しようと思うなら、九条の第一項と第二項の再検討は避けられません。

結局、今回の選挙でやっと憲法改正が話題にのぼり始めましたが、まだまだ「本丸」の議論にはたどり着いていないのです。

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