米国の退役大臣リスト

2019年1月16日

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過去記事の「トランプ政権閣僚一覧 経歴、素顔、政策 ~どんな顔ぶれ?~」は新バージョンに更新されました。

閲覧希望の方は「新バージョン記事」をご覧ください(青字リンクのクリックでページに飛びます)

こちらのURLは旧バージョンにあたるため、退任した閣僚の面々をメモしています。

というのも、最近、トランプ政権で退任する閣僚が目立つからです。

2017年から18年を振り返ると、以下のような面々が辞任しています。

※スティーブン・バノン氏はまだ言論人として盛んに活動しているので、別枠で関連記事を設けています。

関連記事:スティーブン・バノン氏の来日講演と『炎と怒り』の要点

直近の人たちから見てみましょう。

たためか、18年以降、対話は開催されていません。

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【辞任】司法長官:ジェフ・セッションズ(元上院議員

2月8日に上院で承認されたセッションズ司法長官の本名は「ジェファーソン・ビューレガード・セッションズ3世」(Jefferson Beauregard Sessions III:71歳、1946年12月24日生。ジェフは通称)。

トランプとほぼ同年代で、アラバマ州選出の上院議員でした。

アラバマ州出身のセッションズはハンティントン大学に進学。アラバマ大学で学位を取って弁護士になりました。

共和党員のセッションズは陸軍に入隊し1973年~77年まで予備役を務めています(大尉で除隊)。

その後、1975年~77年まではアラバマ州南部の連邦地区検事補佐、81年~93年までは同州の検事。94年に同州の司法長官となり、97年に上院議員に当選。2008年まで三選を続けました。

ブッシュ政権時代には、イラク戦争やブッシュ減税に賛成。不法移民の合法化を目指す法案否決運動を主導。

セッションズにハンフィントンポストが書いた批判記事では、八つほど懸念事項が並べ立てられています(「ジェフ・セッションズとは何者か? トランプが司法長官に起用、「KKKに共感する」との発言も」Jack Sommers、11月22日)。

  1. 黒人公民権運動家を訴追し、人種差別だと批判を受けた。
  2. 「KKKに共感する」と発言、冗談だったと釈明
  3. アメリカ在住者の不法な市民権取得に反対
  4. セッションズの強硬な主張をまとめた冊子「入国ハンドブック」は、外国人嫌悪の烙印を押された
  5. 合法移民の削減も提唱
  6. トランプが公約に掲げた「すべてのイスラム教徒のアメリカ入国禁止」を賞賛
  7. 「メキシコとの国境に巨大な壁を作る」という公約も支持
  8. トランプの女性侮辱発言を擁護

しかし、トランプ当選を予見した藤井厳喜は、セッションズは、黒人も白人も同じ基準で厳しく犯罪に対処し、アラバマ州の公立校の人種差別廃止に尽力し、同州のKKKを壊滅に追い込んだとも述べていました。

保守層とリベラル層とでは、評価が全然違うことに注意が必要です。

実際は、この人の影響でトランプが選挙中に日本叩きをやめたとも見られています。

ニューヨーク在住のジャーナリストである肥田美佐子はフォーブス電子版記事(トランプ外交ブレーンが語る日米関係、「日本たたき」をやめた真相 2016/9/30)で、その経緯を書いています。

トランプが日本叩きをやめたのは日本の外交当局がセッションズ上院議員らに接触して同盟国日本を標的にするのはおかしいと訴えたためだと書かれた日経記事(9月1日付)を見て、その真偽を本人に聞いたところ、コンタクトしてきた日本人外交官の発言を教えてくれたそうです。

「『He(彼)』は、日米が良好な同盟国であると強調していた」

「彼が言うには、米国が、中国との間で抱えている不和や困難と同じものをあたかも日本との間でも抱えているかのようにトランプが話すのは正しくない、と。日米関係は、米国と中国との関係よりはるかに良好だ、とね。彼(日本人外交官)の主張は正しい」

メキシコにとって、セッションズの閣僚入りは恐ろしい話ですが、この人は日米同盟には肯定的です。

新政権発足後、トランプはセッションズ司法長官がロシア疑惑を巡る捜査から外れたことに失望し、「就任後すぐに捜査から外れるべきではなかった。そうするなら私に伝えるべきだ。その場合は他の誰かを選んだ」等と批判を繰り返していました。

【辞任】大統領首席補佐官:ジョン・ケリー(元海兵隊大将・前国土安全保障省長官)

ジョン・F・ケリー(John Francis Kelly、68歳:1950年5月11日生)は米南方軍司令官(中南米から西インド諸島の防衛を担当)を務めていました。

ケリーはメキシコ国境の警備の脆弱さを問題視し、不法移民の阻止を重視していますが、軍人時代の実績は高い評価を得ています。

(国土安全保障省長官就任時には、同省HPに「彼とその家族は人生を通じて国に奉仕したーー彼以上にこの国に奉仕した人物を知らない」と記載されていた)

そのため、閣僚の中では上院でいち早く人事(国土安全保障長官)を承認されました。

国土安全保障省長官はアメリカで三番目に大きな省です。

この省は運輸保安、関税、国境防衛、税関、米市民権と移民受入れに関わる業務、緊急事態管理、沿岸警備、大統領警護を含む22の部局を持ち、229000人のスタッフを擁しています。

新政権発足から半年ほど、ケリーはこの省の長官として国境警備やテロ対策、メキシコ国境の壁建設、麻薬売人の入国規制、イスラム教徒の入国(禁止?)関連の仕事に携わりました。

ケリーの経歴は以下の通りです。

マサチュセッツ州のボストンに生まれ、1970年に海兵隊に入隊。72年には軍曹となりました。ノースカロライナ州のキャンプ・レジュで第二海兵師団の歩兵を務めています。

その後、76年にマサチュセッツ大を卒業し、海兵隊士官になりました。

海上任務や偵察大隊の指揮(空母フォレスタルで勤務)、軍の教育任務、議会への連絡、欧州での連合軍最高司令官の補佐業務等を幅広くこなし、01年に本国に帰ります。

02年には准将に昇格し、第一海兵師団で師団長を補佐しました。イラクでの戦闘任務にも従事しています。

04~07年までは海兵隊本部に帰り、キャンプ・ペンドルトンを拠点として第一海兵遠征軍を指揮しました。

08年ではイラクのアル・アンバール州で多国籍軍を指揮。その後、本国に配属され、中将として09年3月以降、複数の本国の海兵師団を指揮。

12年10月から16年1月までの間、アメリカの南方軍を指揮し、FBIやDEA(麻薬取締局)と連携して麻薬の流入、テロの脅威をもたらす人々の流入、南方から米国への犯罪組織の侵入を阻止する任務に携わります。

8月18日にスティーブン・バノンが辞任して以降、ケリーは大統領府に「規律」をもたらし、今日まで政権を支えてきました。

【辞任】ジェームズ・マティス(元中央軍司令官)

ジェームズ・マティス(James.Mattis:67歳、1950年9月8日生)は海兵隊軍人からアメリカ軍の最高の要職にまで昇り詰めた人物です。

マティスの経歴を見ると、1950年にワシントン州に生まれた後、セントラル・ワシントン大学と国防大学を卒業。

1969年に海兵隊に入隊しているので、軍人時代に大学に通ったものと思われます(22歳で海兵隊少尉)。

軍歴はライフル歩兵小隊の指揮に始まり、小隊指揮官から中隊指揮官に昇進。

1990年の湾岸戦争「砂漠の盾」作戦で歩兵大隊を指揮し、9.11以降のアフガン戦争では「不朽の自由作戦」ではアフガニスタン南部で遠征旅団司令官を務めました。

2003年のイラク戦争では第一海兵師団司令官としてファルージャ総攻撃で活躍し、戦後に中将となります。

07~09年にはアメリカ統合戦力軍とNATO変革連合軍の司令官を兼務しました。

その後、2010年以降、オバマ政権時代の中央軍司令官人事が混乱し、マティスもその渦中に入り、中央軍司令官に就任します。

2010年6月にマクリスタルがローリングストーン紙でオバマ政権批判を繰り広げたことで辞任。後任は対反乱作戦(COIN)を主導したディビッド・ペトレイアス(国務長官候補で名前が上がった人)で、この人は7月にアフガン駐留軍を率いることになりました(治安維持で成果を上げた後、CIA長官に就任)。

そして、2010年7月にマティスが中央軍司令官に就任したのですが、2013年にオバマ政権がイラン核合意に向けて動き出した時、強硬に反対して解任されてしまいます(政権交代に伴い、民主党政権の思惑に翻弄され、苦戦を続けた大将にスポットライトが当たった)

国家安全保障法によれば、退役から七年以上経たないと元軍人は国防長官になれないので、13年退役のマティスはこの法律に抵触しましたが、上院は超党派で特別法を可決。1月に国防長官に就任しました。

マティスは「狂犬」(マッドドッグ)と呼ばれていますが、テロリストへの水責め拷問に反対しており、実際は、良識的な軍人です(綽名の由来は、女性にヴェールを着ることを強制し、それを拒んだ者を殴りつけたイスラム教徒を殺すのが楽しいと発言した際のマスコミ報道)。

「狂犬」「戦う修道士」(独身でひたすら軍のために働いていた)等、印象的な綽名が目立ちますが、実績を挙げ、超党派で尊敬を集めている人物なので、これだけで同にレッテル張りをすべきではありません。

上院公聴会の発言等は非常に知性的・理性的ですし、反トランプ政権路線のニューズウィーク(日本語版2016.12.13 /トーマス・リックス)でもマティスの起用に関しては肯定的です。

(マティスは)「孤立主義には反対し、『アメリカは今後も世界に関わっていくべき』で『歩み寄り』は民主主義政府の根幹をなすもの』とも考えている」

(彼は)「財政面でも保守派的で、そういう人物が国防総省のトップにいるのは悪くない」

マティスは兵士に非常に人気がある。彼の起用は、トランプ政権下では働きたくないという国防総省のキャリア組を慰留する効果も期待できる」

マティスは陸軍砲兵大隊指揮官が尋問中にイラク人抑留者の耳元で発砲したのを批判するなど、現実の行動に関しては熟慮を求めるタイプです。

発言が過激でも現実の判断は冷静だったので、アフガンとイラクの治安維持作戦をつくる上では、この人とペトレイアスの二人が大きく貢献しています(マティスは軍事戦略の著書を執筆する理論家でもある)。

トランプ大統領は「現代のパットン将軍だ」と激賞し、就任以来、大統領も一目置く軍のプロとしての重責を果たしてきました。

筆者は、元自衛官の方が「元海兵隊の将軍が政権要職に入るのは日本にとってプラスだ」と言っているのを聞いたことがあります。

海兵隊は日本との接点が多いので、欧州との接点が多い陸軍出身者よりも望ましいという見方もあるわけです(日系人のハリスが太平洋軍司令官をしているのも、日本の国防上は重要な意味がある)。

マティスは1月に上院の承認を得、2月上旬に訪日し、トランプの代理として日米同盟維持・強化の路線を確認しました。

その後、韓国やヨーロッパを訪問し、米韓同盟やNATOの支持を確認。トランプの信任が厚いので、今後、マティスは同政権の外交・安保政策に影響力を発揮しています。

関連記事:マティス国防長官のアジア政策

北朝鮮問題では軍事作戦を政権幹部につまびらかに説明し、最終的には軍事的選択肢がありうることを主張。

12月に発表された国家安全保障政策は、マティスやケリーらの同盟重視の考え方が濃厚に反映されています。

【辞任】ハーバード・マクマスター:前国家安全保障担当大統領補佐官

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(※マクマスター氏の前任者のマイケル・フリン〔元陸軍中将〕は政権発足前にロシア当局者と対露制裁について協議した疑惑が原因で辞任。就任前のフリンは「民間人」なので、ロシアと外交協議を行うと民間人の外交への関与を禁じる法律に抵触してしまう)

トランプは指名に際して、マクマスター中将の30年にわたる献身と「とほうもない経験」を評価し、「中将は、アメリカ本国と海外での国益を守るために知識と先見力をもって私に助言可能だ」とも述べていました。

ロイター通信では、マクマスターの戦略は「過激派と地元の大多数の住民を分離する」ことに依拠する慎重策だったと紹介しています。

マクマスターがイラク戦争の頃、「アラブ系米国人を募って地元民に扮する役割を演じさせた」り、「壁に掛けられた絵を見てその世帯がスンニ派かシーア派かを区別する方法を部隊に伝えるなど、実にきめ細かい準備作業を行った」ことを紹介しているのです。「トランプの新補佐官、安全保障上の意見に食い違い」2017/2/22)。

その経歴を見てみます。

マクマスター(ペンシルヴァニア州出身。1962年7月24日生:55歳)は84年にウェストポイントの陸軍士官学校を卒業。

91年の湾岸戦争では機甲騎兵中隊(戦車+装甲車の部隊編成)を指揮し、9両で20両以上のイラク軍の戦車隊を撃破(銀星章を受章)。

イラク戦争では北部で治安維持を強化し、テロ活動の鎮圧に努めました。

07年に同の作戦はイラク統治策に採用され、戦時と戦後に大きな功績をあげました。

その後、イラク派遣軍長官の特別補佐官、アフガン派遣軍では合同調整機動部隊司令官を歴任。本国で米軍高等機動作戦センター司令長官(12年~)、陸軍能力統合センター長(14年~)を務めました。

国家安全保障担当大統領補佐官はNSC(アメリカ合衆国国家安全保障会議)を司り、大統領に安全保障問題について献策することを任務としています。有名どころで言えばキッシンジャー氏やコンドリーザ・ライス氏などが務めていた要職(閣僚級ポスト)で、大統領の指南役になることが多いようです。

トランプ氏は指名に際して、マクマスター中将の30年にわたる献身と「とほうもない経験」を評価し、「中将は、アメリカ本国と海外での国益を守るために知識と先見力をもって私に助言可能だ」とも述べていました。

(出所:Remarks by President Trump Announcing the Designation of Lieutenant General H.R. McMaster to National Security Advisor | whitehouse.gov 2017/2/20)

【解任】レックス・ティラーソン:前国務長官

レックス・ティラーソン(Rex Tillerson:65歳、1952年3月23日生)は、06~16年までエクソン・モービル社の会長兼CEOを務めていました。

『石油の帝国』(スティーブ・コール著、板野和彦訳)によれば、その経歴は以下の通り。

ティラーソンは北テキサスのウィスタ・フォール出身。復員兵のために建てられた労働者階級の家で育ち、父がボーイスカウトの地区代表補佐になった影響を受け、若いころはボーイスカウトに尽力。最高位のイーグル・スカウトとなりました。テキサス大で土木工学を学んだ後、同は1975年にエクソンに入社。採掘・探鉱などを担う上流部門に関わり、各国首脳と契約交渉を行います。CEO就任後はボーイスカウトの表彰システムに似た制度をエクソンモービルに導入しました。ティラーソンは1990年代にサハリンの天然ガス開発に関わり、北極海大陸棚のカラ海で露ロスネフチとの合弁で海底油田開発に合意。大統領令ではなく、恒久的な法による承認を求め、一時はプーチンの不興を買いましたが、結局は理にかなった主張だと評価され、プーチンから2013年に友好勲章をもらいました。

ウクライナ問題を巡るロシア制裁で事業は中止されたため、同はCEO時代に制裁を批判していました。

親露派なので、14年のクリミア併合を巡ってオバマ政権が対露制裁を発動した時には反対しましたが、上院公聴会以降、従来の親露路線を弱めています。

この人は2013年にプーチンから「ロシア友好勲章」をもらっているので、外交・安保に影響力を持つマケイン上院議員からは「プーチンと個人的に関係が近いことは懸念」すべきだと批判されています(日経電子版「トランプ、米外交刷新 国務長官に親ロ派ティラーソン」2016/12/14)。

エクソンCEO時代も「戦略立案部門が収集した経済情勢やトレンドの確かなデータ、学術誌や政府声明などオープンソース情報、海外外交関係者との情報交換、在外勤務のエクソン幹部からの機密リポートなど」に触れ、外交官並みの情勢分析を行っていました(「ティラーソンの外交感覚、エクソンの情報活動部門が育む-関係者」16/12/16) 。

エクソンぐらいの規模であれば、中小国並みの情報力があってもおかしくありません。同を素人と批判する人もいますが、ティラーソンの指名をトランプに薦めたのはロバート・ゲイツ元国防長官です。同は元国防長官の目に適うだけの人材でした。

ティラーソン国務長官は17年3月に訪日し、北朝鮮問題に関して「戦略的忍耐」の終りを指摘し、トランプと同じく、尖閣諸島を日米同盟の対象と見なすことを確認しています。

同は安倍首相訪米前にトランプに「一つの中国」に関して米国の従来路線に戻すことを進言。そして、4月の米中首脳会談を実現させるために尽力しました。

北朝鮮問題では穏健路線で、外交的な解決を目指しました。

【解任】国連大使ニッキー・ヘイリー(元サウスカロライナ州知事)

ニッキー・ヘイリー(Nikki Haley:45歳、1972年1月20日生)はインド系アメリカ人です。

共和党州下院議員(04年当選)を経て2010年からサウスカロライナ州知事(全米最年少)を務め、14年に再選されました。

ヘイリーの両親がサウスカロライナ州に移住後、ヘイリーは生まれ、生まれながらにアメリカ市民権を取得。

10代には家族の洋服店を手伝い、クレムソン大学で会計学を専攻しました。

両親はインドのパンジャーブ州出身のシク教徒ですが、ヘイリーはキリスト教のメソジストに改宗しています(メソジストはサッチャーも入っていた新教の一派)。96年に結婚した夫の名に改名しました。

ヘイリーはサウスカロライナ初の女性知事、全米50州の最年少知事でもありました。

マイノリティ系に人気があり、共和党のホープとも見られていたためか、トランプは「ヘイリーには、背景や党派に関係なく人々をまとめて重要政策を推進してきた実績がある」と高く評価し、国連大使に指名しました。

(※ヘイリーは保守派から副大統領候補として期待されているため、この指名は将来の布石として外交経験を踏ませる人事だといわれている)

この人事には女性層やマイノリティーへの配慮も含まれていますし、インドへの配慮もあるのかもしれません。

ヘイリーは2017年に北朝鮮への制裁強化に尽力。秋口の国連総会では、制裁案成立の立役者となり、政権内での評価が上がりました。

今後、活躍が注目される女性閣僚の一人です。保守派は、ヘイリーに国際経験を積ませることで、将来的な大統領候補にしようとしているとも言われています。

【辞任】ゲーリー・コーン:前大統領補佐官兼国家経済会議議長

ゴールドマンサックス社HP記事を見ると、コーンはまずコモディティ業務の責任者(96~99年)となり、99年以降に債券・為替・コモディティ部門の業務を統括。02年には債券・為替・コモディティ部門共同COO(同年3~9月)に就任、9月以降は同部門共同責任者、03年からは株式部門の共同責任者、04年からはグローバル・セキュリティーズ・サービス部門の共同責任者となっています。

業務を一つずつ広げ、06年6月から社長兼COOとなりました。

他の肩書を見ると、全米証券業者・金融市場団体の国債発行諮問委員会委員を務めるだけでなく、非営利団体においても教育分野などで幅広く理事等の要職を務めています。

トランプが金融規制を見直す大統領令に署名した後、コーンはWSJ紙のインタビューに応え、この改革で毎年数千億ドルにわたる銀行の規制コストが軽減され、消費者のために銀行が効率的・効果的な価格設定を行えるようになると述べました。金融安定監視評議会や大手金融機関への監視のあり方を変える可能性についても示唆しています(WSJ日本語版「トランプ、ドッド・フランク法撤回の大統領令に署名へ」2017/2/3)。

コーンは優れた調整力や実務能力を発揮し、ドッド・フランク法の改革や税制改革の法案を進めました。

通商政策では対中強硬派(バノンやナヴァロなど)との争いに勝利し、TPP再交渉にまで政権を動かしたものの、3月1日にトランプ氏は鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の輸入関税を課すことを発表。

ここで、関税への歯止め役だったコーン氏が辞任する流れが固まりました。

トランプ政権内でも様々な路線の違いがあり、輸入関税はロス商務長官らが推進しており、コーンNEC委員長は、これに反対していたわけです。

コーン氏がいなくなれば、政権内で影響力を増してくるのは、ロス商務長官、ムニューシン財務長官、ライトハイザーUSTR代表です(この中ではライトハイザー氏も輸入関税に積極的)。

今後、米国の輸入関税に対抗して貿易戦争が勃発する危険性を指摘する声が報じられています。

  • (トランプ政権の辞任劇のうち)「今回が市場にとって最も大きな意味を持つ」「コーン氏は政権当局者として、金融市場が最も信用する人物だったからだ。辞任によって、全く新たな不透明感が生まれる環境が開けた。貿易戦争発生の可能性は劇的に高まった」(マイケル・オローク氏:ジョーンズトレーディング・インスティチューショナル・サービシズのチーフ市場ストラテジスト)
  • (コーン氏は)「トランプ政権を落ちつかせる影響力を持つ人物だと多くの人がみていた。辞任によって、トランプ政権は強硬姿勢がよりむき出しになり、一段と保護主義を強めるのではないか」(ニック・トワイデール氏:楽天証券オーストラリア部門最高執行責任者)

(※ブルームバーグ:2018/3/7「ウォール街に衝撃走る」)

  • 「今後、米国の保護主義が進むということにおいて厳しめにみておく必要がある。今回、観測気球を上げてきた通商301条下の中国の知財侵害調査についても、早めに動き出す可能性がありそうだ。鉄鋼・アルミの関税も表明された通りに進んでいくのではないか」「コーンNEC委員長辞任を受けて、保護主義に傾いていることが明らかになった」(トランプ氏の)「周囲がイエスマンばかりになるため、不安定で不規則な政権運営となっていくことが懸念される」(みずほ総合研究所欧米調査部・安井明彦部長)

(※ブルームバーグ:2018/3/7「円全面高、米保護貿易懸念でリスク回避」

経済面の重しがなくなった後のトランプ政権がどちらに転がるのか、注視が必要です。

【解任】デビッド・シュルキン:前退役軍人省長官

※17年7月に英国とデンマークと英国を訪問した時に公費で夫人を同行させ、観光やショッピングを行っていた問題を理由に解任された。

第9次退役軍人省長官に任命されたデビッド・J・シュルキンは、17年2月に米国上院で承認されました。

シュルキンはオバマ政権で米国退役軍人省の保健衛生担当次官(退役軍人省の保健長官)として2015年7月〜2017年2月までその任にあたりました。

米国最大規模の統合保健医療システムを率い、1700以上のケアサイトで約900万人の退役軍人にサービスを提供しています。

退役軍人省で仕事をする前に、シュルキンはモリスタウン医療センターとアトランティック・ヘルス・システム・アカウンタブル・ケア・オーガニゼーションなどでCEOを務めています。ニューヨーク市のベスイスラ医療センターでも社長兼CEOを務めました。

シュルキン博士は、ペンシルベニア州保健システムのチーフ・メディカル・オフィサー、テンプル大学病院、ペンシルベニア病院医学部などで医師を指導し、ドレクセル大学医学部医学部長、副学部長などの資格を得ています。

退役軍人省HPによれば、同は、医療の品質と安全に関する消費者向け情報ソースとなったドクタークオリティの会長兼CEOも務めていました。

経歴をたどると、まず、ペンシルベニア州立大学医学部にて医学学位を取得。エール大学医学部でインターンシップを修了。ペンシルバニア大学の臨床奨学生として医療と経済学についても学んでいます。

シュルキンは「全米における50人の最も影響力のある医師幹部」「米国医療における最も影響力のある人100人」にも選ばれています

【解任】トム・プライス:前米厚生長官

2017年9月29日にはプライス米厚生長官が辞任しています。

その原因はプライス氏がプライベートジェット機を国内出張のためにチャーターし、多額の公費を使ったためです。5月以降、26回の国内出張を行い、40万ドル(4500万円程度)を用いただけでなく、外国への出張にホワイトハウスの許可を得て軍用機を使用するなど、多額の交通費を用いたことが批判され、事実上の解任に至りました(形式上は辞任)。

整形外科医の資格をもつ医療畑の下院議員であるトム・プライス氏(下院予算委員長)は、オバマケア撤廃を主導してきた議員なので、トランプ氏はそこを評価していたのですが、本格的に働く前に解任されています。

【解任】ラインス・プリーバス:前首席補佐官

2017年7月末まで大統領首席補佐官を務めたラインス・プリーバス氏はウィスコンシン大を卒業後、フロリダ州のマイアミ大学法科大学院で博士号を取得。弁護士となりました。

2004年にウィスコンシン州上院選で落選。同州での共和党の組織づくりを推し進め、2007年に共和党ウィスコンシン州委員長に就任(当時35歳)。

プリーバス氏はウィスコンシン州委員長の間に、上院選や知事選、連邦議会選で共和党に勝利をもたらしました。この勝利が評価され、2011年1月から共和党全国委員長(RNC:Republican Party Chairman)に就任します。

3期連続でRNCを務め、オバマ政権下で、下院と上院の双方での共和党の優位を実現させました。

プリーバス氏は組織運営のプロです。

16年の大統領選では共和党内で離反が相次いだ際に結束を呼びかけ、勝利に大きく貢献しました(大統領選では有権者宅への訪問、電話がけ等の選挙活動の指揮を担当。これはトランプ氏の苦手な領域だった)。

プリーバス氏はライアン下院議長等の共和党主流派とのパイプが太いため、トランプ氏は同氏に首席補佐官を任せ、党内の亀裂の修復と議会との連携による政権運営の安定化を図ることにしたのですが、その結果は、歴代最短の辞任という悲惨な結果に終わりました。

(プリーバス氏は「特別な機会をいただいたことで大統領に感謝する。引き続き大統領の政策の力強い支持者として奉仕する」との声明を出しています。こちらは「大人の対応」に徹しているようです)

ーーー

そのほか、7月21日にはショーン・スパイサー大統領報道官(兼広報部長代行)が辞任し、アンソニー・スカラムチ氏(52歳、ウォール街の投資会社創業者)が広報部長となりました。8月以降の報道官はサラ・ハッカビー・サンダース副報道官になります。

スカラムチ氏は広報部長となりましたが、就任直後にプリーバス首席補佐官が政権の内部情報をリークしていると激しく批判。その後、トランプ政権は政権運営の要職にあたるプリーバス氏を27日に解任しました。

プリーバス氏の後任には、国土安全保障長官のジョン・ケリー氏(海兵隊退役大将)が指名されています。

その後、アンソニー・スカラムチ氏(52歳、ウォール街の投資会社創業者)が広報部長となり、8月以降の報道官はサラ・ハッカビー・サンダース氏(以前の副報道官)となりました。その後、スカラムチ氏はプリーバス首席補佐官が政権の内部情報をリークしていると激しく批判し、トランプ政権はプリーバス氏を27日に解任しました。後任には国土安全保障長官のジョン・ケリー氏(海兵隊退役大将)が指名されました。

そして、7月31日にはケリー氏の強い意向を受け、トランプ大統領がスカラムチ広報部長を解任しました(スカラムチ氏は混乱要因とみなされた)。

さらに、8月18日には、選挙期間中からトランプ氏の有力な側近だったスティーブン・バノン首席戦略官兼上級顧問が辞任しました。

「反移民」「保護貿易」「米国優先」等の主唱者の一人が辞任し、後任のケリー大統領首席補佐官を軸に路線転換が進みました。

バノン氏は、北朝鮮政策に関し、「軍事的解決策はない」と指摘したり、「米国は中国との経済戦争の渦中にある」として東アジア関連の国務省の人事に口出ししたりしたことが問題視されたようです。

その後、ケリー氏を中心にした新体制が発足し、ケリー氏とマティス氏には、北朝鮮問題などで揺れるトランプ政権の重石となる役割が期待されるようになりました。

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Posted by 投資猫