トランプ政権は2018年の「核態勢の検討」(Nuclear Posture Review)を2月2日付で公開しました。
これは1月27日にトランプ大統領がマティス国防長官に作成を指示し、その後に公開された文書です。
要約版には日本語訳がついていましたが、残念ながら、人工知能の翻訳を用いたのか、奇妙な表現が散見される内容でした。
(しかし、中国語訳や韓国語訳、フランス語訳、ロシア語訳もついているので、海外にもメッセージが伝わりやすくなったのは、大きな進化です)
そのため、人工知能的な不自然な翻訳を微修正し、重要度に応じて適宜省略を入れながら、この重要文書を紹介してみます。
(※本記事の出所は「核体制の検討」)
主たるメッセージは、「米国は冷戦以降、核戦力を削減してきたのに、中国やロシア、北朝鮮は核戦力を拡大している。だから、我が国は再び核抑止力強化に踏み込むのだ」ということです。
この文書は米国の核戦力の老朽化を憂い、近代化の必要性を力説しています。
「幾十年にもわたり、米国の核兵器インフラは老朽化と資金不足の影響を受けてきた。NNSA(国家核安全保障局) のインフラの半分以上が 40 年以上経過しており、その4 分の 1 はマンハッタン計画時代にまで遡る。過去の全ての NPR は、近代的な核兵器インフラを維持する必要性を強調してきたが、今の米国では、回復力があり、予期しない状況変化に対応できる近代的インフラを維持できていない」
現実主義的になった米国は、今後、どのように安全保障戦略を実現していくのでしょうか。
【目次】
核体制の検討:安全保障環境の概観
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まず、冒頭には世界で米国と同盟国に対する潜在的な敵対国が台頭していることを強調しています。
- 米国、同盟国、友邦国の保護が最優先課題
- 長期的には核廃絶を目指す。
- だが、米国は、世界から核兵器が廃絶されるまでの間、安全保障のために近代的、柔軟かつ弾力性のある核能力を持ち続ける
- 米国は核、生物、化学兵器の廃絶を目指す。
- 米国は冷戦以降、85%以上の核兵器保有量を削減しており、20年以上、新しい核兵器を配備していない
- しかし、2010年のNPR発表以来、潜在的敵対国からの明白な核脅威を含めて、世界的な脅威は深刻化した。
- 米国は今、過去のどんな時よりも多様で高度な核の脅威に直面している
- 潜在的敵対国の核兵器と運搬システムの開発配備プログラムも相当に活発化している。
このあたりを見て、朝日新聞や東京新聞、毎日新聞などはオバマ政権の「核なき世界」の理想が後退(崩壊)した等と述べましたが、もともと、それは現状では実現不可能です。
中国やロシア、北朝鮮が核開発を頑張っているので、それを何とかしなければ、核なき世界は絵にかいた餅でしかありません。
このあたりは、ごくまともな保守系米国人の見方を代弁してくれています。
- 米国は核兵器の数と重要性を削減し続けてきたが、ロシアと中国を含む他国は反対の方向に進んできた。
- 他国は保有兵器に新型の核戦力を加えている。
- 戦略と計画で核戦力を一層重視し、宇宙空間やサイバー空間でも攻撃的行動を増やしている。
- 北朝鮮は国連安全理の制裁に違反して非合法な核・ミサイル開発を続けている。
- イランは包括的合同行動計画(JCPOA)にて自国の核プログラムへの制約に合意した。
- しかし、イランは1年以内に核兵器を開発するために必要な技術能力と(資源の)容量を保持している。
- 通常兵器、化学兵器と生物兵器、核兵器、宇宙とサイバーの領域において脅威が広がっている
- 暴力的な非政府主体を含めて、従来にない範囲と種類の脅威が存在する
- 環境が急激に悪化したことを考慮し、2018年NPRは、より安全な核環境、より友好的な大国関係の中で生まれた従来の核政策を見直す。
- 本NPRは、米国、同盟国、友邦国が悪化する安全保障環境に直面する中で必要な核政策と戦略、能力を特定する
- それは戦略主導で、現在と将来に必要な核戦力態勢と政策の指針を提供するものだ。
- 米国はロシアや中国を敵対国家と見なすことを望んでいない。
- 我々は長年、米中それぞれが核政策、核ドクトリンを理解し、透明性を改善し、誤算のリスクを減らすために中国との対話を求めてきた。我々は中国がこの関心を共有し、意味ある対話を開始することを望んでいる。
- 米国とロシアは過去、核競争と核リスクを管理するための戦略的対話を維持した。
- しかし、ロシアのクリミア占領等の行動で、この建設的関与は大幅に低下した。
- 我々は、ロシアとの透明性ある建設的な関与を再び許容する条件が整うよう期待している。
- しかしながら、本検討では、他国の核戦力に率直に対処し、米国と同盟国、友邦国を守るために米国の核能力を提示する
リアリズムに立脚した内容です。
核なき世界を宣言し、中露を勢いづかせ、北朝鮮を放置してヘラヘラしていたオバマ政権に比べると、責任感のあるスタンスだと言えます。
米国の核戦力の意義とは
日本の公教育ではまったく教えてくれない項目ですが、以下の内容は安全保障を理解する上で、非常に大事です。
核兵器が戦争を抑止する
- 米国の核戦力と抑止戦略が米国、同盟国、友邦国の安全保障に必要な理由は明白だ。
- 米国の核能力は、核・非核攻撃の抑止に必須の貢献をしている。
- それが提供する抑止効果は敵対国の核攻撃を防止する上で独特かつ必須であり、米国の最優先課題である。
- 米国の核能力は全紛争を防止できないし、そう期待されるべきでもない。
- しかし、それは核・非核攻撃の双方の抑止に貢献する。
- 非核戦力も抑止には必須だが、核抑止の到来前に大国間の戦争を防止する通常抑止は定期的かつ壊滅的に失敗してきた
- (非核戦力は)核戦力に比べられるような抑止効果は提供できない。
- 通常戦力だけでは米国の拡大核抑止に重きを置く同盟国を安心させるには不十分だ。
- 米国の拡大核抑止は核不拡散の鍵にもなっている。
日本国内で反核運動を賛美している人たちは、残念ながら中国や北朝鮮、ロシア等の核兵器をゼロにはしてくれません。
そのため、わが国の政府は、戦後、意図的にそれらを黙殺し、自国を守るために米国との同盟関係を維持してきました。
情緒的には残念なところもありますが、これは致し方ないでしょう。
米国の核戦力とその永続的な目的
- 米国の核政策と核戦略の最優先課題は、潜在的な敵対国によるあらゆる規模の核攻撃を抑止することだ。
- しかし、核攻撃抑止が核兵器の唯一の目的ではない。
- 現在と将来における脅威の多様性と、その深刻な不確定性を考えると、米国の核戦力の役割は国家安全保障戦略において重要である。
- 核・非核攻撃の抑止
- 同盟国と友邦国への安心の提供
- 抑止が失敗した場合における米国の目標の達成
- 不確定な将来に対して防衛手段を講じる能力
「2」は抑止。「3」は抑止だけではなく「実戦」もやるよという意思表示になっています。
「3」があるから「1」が成り立ち、「2」の安心が提供されるのです。
米軍はセコムとは違い、実戦までを行う覚悟をもって各地に軍を展開しています。
核および非核攻撃の抑止
むろん、核抑止は核戦争の恐怖と裏表です。
しかし、中国やロシア、北朝鮮等の核兵器から自由主義国を守る手段は核兵器しかありません。
そのため、結局、核兵器を捨てられなくなっています。
この核抑止を機能させるためには、誤算から戦争が生まれることを防がなければなりません。
- 核攻撃と非核戦略攻撃に対する米国の抑止には、潜在的敵対国が米国への先制核使用の結果に関して誤算しないようにする必要がある。
- 彼らは非核攻撃や限定的核エスカレーションからは何の利益も得られないことを理解しなければならない。
- こうした誤解を正すことは、欧州とアジアで戦略的安定を維持するために重要である。
- 潜在的な敵対国は、脅威と新たな状況が出現する全範囲において、以下の3点を認識しなければならない。
- 米国はそれを識別でき、新形態の攻撃を含む侵略行為に対しても彼らの説明責任を問える
- 我々は非核戦略攻撃を撃退する
- いかなる核エスカレーションも彼らの目標達成に失敗し、むしろ彼らに受け入れ難い惨禍をもたらす
「核戦争」という最終局面だけに米軍が対応すると言ったら、それ以前の限定的な小規模紛争や狭い範囲での核攻撃への抑止が利かなくなります。
そのため、ここでは、米軍は第一段階での核使用からその後の各段階まで、どんなレベルの脅威にも柔軟に対応できると言っているわけです。
そして、「核抑止任務において、同盟国にさらなる責任分担」を求めています。
米国の核戦力の再建
多少、話を省くと、残りの大きな論点は「米国の核戦力をいかに立て直すか」という問題になります。
このNPRでは、核戦力を支える以下の三本柱(トリアッド)の立て直しをうたっています。
- 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を装備した潜水艦(SSBN)
- 陸上配備型大陸間弾道ミサイル(ICBM)
- 無誘導爆弾および空中発射式巡航ミサイル(ALCM)を運搬する戦略爆撃機
1はオハイオ級 SSBN(12隻以上の戦略原潜)に積まれたトライデント核ミサイル、2はミニットマン型の大陸間弾道弾、3はB52やB2ステルス爆撃機が主たる戦力です。
ただ、どれも「1980 年代かそれ以前に配備されたもの」が、かなりの割合を占めているので、近代化が必要になってきています。
中国やロシアが核の近代化に励んでいるので、米国は核戦力を更新しなければいけないのです。
(ロシアはソ連邦崩壊後、原潜を中心とした核運用部隊も劣化したが、プーチン政権において2010年代にその再建に成功した)
NPRは、この三本柱の相乗効果を重視しています。
「三本柱のいずれかの柱を廃絶することは、敵対国の攻撃計画を大幅に容易にし、敵対国が資源と関心とを残る二本柱を撃破することに集中させることを可能にする。このため、我々は、計画されている交代プログラムが展開されるまで我々の現有の三本柱体制を持続する」
一つを除くと、米国の敵国が残りの二本柱を破壊するために戦力を集中してくると警告しているわけです。
具体的には以下の措置に取り組みます。
【ICBMの近代化】
- ICBM 戦力は幾つかの州に分散配備され、地下サイロに格納された単弾頭式ミニットマンⅢ型ミサイル 400 基から成っている。
- 米国は 2029 年にミニットマンⅢ型の交代を開始する地上配備戦略抑止(GBSD)プログラムを開始した
- GBSD プログラムは 400 基の ICBM の配備を支援する 450 基の ICBM 発射設備の近代化も行う。
【戦略爆撃機部隊の再編】
- 爆撃機の柱は 46 機の核爆弾搭載可能な B-52H および 20 機の核爆弾搭載可能な B-2A“ステルス”戦略爆撃機から成っている。
- 米国は次世代爆撃機、B-21 レーダーを開発配備するプログラムを開始した。
- 2020 年代半ばから通常兵器と核爆弾を搭載可能な爆撃機戦力を補い、最終的に今の機体を交代させる。
- B83-1 および B61-11 無誘導爆弾は、多様な防護標的を攻撃できる。両爆弾は、少なくとも 2020 年に活用可能になる
- B-52H 爆撃機は 1982 年から ALCM(航空機発射巡航ミサイル) を搭載している。しかし、ALCM は設計寿命から 25 年以上経過しており、敵対国が継続的に改善した防空システムに直面している。
- 現在の非戦略核戦力は、専ら F-15E と同盟国の核・非核両用戦術航空機(DCA)が用いる B61 無誘導爆弾から成っている。
- しかし、米国は老朽化しつつある DCA の交代機として核爆弾搭載可能な F-35 に核能力を組み込みつつある。
その予算がどのくらいかかるのかというと、「推計の最も高額なもの」は「現在の国防総省予算の約6.4%と見積もっている」のだそうです。
維持運用で2~3%必要。更新には最大6.4%が必要との試算です。
そのほか、「現在の NC3 システムは冷戦の遺産であり、前回包括的に更新されたのは約 30年前だった。同システムは、警戒衛星とレーダー、通信衛星、航空機、地上局、固定および移動指揮所、核システムの統制センターから成る相互接続された要素を含んでいる」と指摘し、情報戦への対応の必要性を力説していました。
具体的なタイムテーブルは以下の通り。
- W76-1 寿命延長プログラム(LEP)を会計年度(FY)2019 年までに完了する;
- B61-12LEP を 2024 年度までに完了する;
- W88 改造を 2024 年度までに完了する;
- NNSA の W80-4 寿命延長を国防総省の LRSO プログラムと同期化し、W80-4LEP を 2031 年度までに完了する;
- GBSD の 2030 年までの実戦配備を支援するため、W78 弾頭交代を 19 年度に 1 年間前倒しし、海軍飛行物体への核爆弾パッケージの実戦配備の実現可能性を調査する
- B83-1 を現在計画されている退役期日を超えて持続し、適切な交代品が特定されるまで維持する;
- 空軍・海軍システムの共通再突入システムの可能性を含め、潜在的な敵対国の脅威と脆弱性に基づく将来の弾道ミサイル弾頭の要件を模索する。
きわめて物騒な話ではありますが、こうした核戦力の増強があってこそ、米国とその同盟国の安全は保証されているわけです。
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