相続税と譲与税のない国はどこ?

経済問題

老後の不安が高まる中で、相続税に関して、2015年に最高税率の引き上げと控除削減が行われました。

最高税率が50%から55%に上がっただけでなく、課税方法が変わり、中金持ち層に相続税がかかるようになったのです。

16年末の国税庁発表では、2015年に亡くなった約129万人のうち、相続税が課税されたのは約10万3千人でした。

これは全体の8%に相当し、前年度の8割増しになっています。

相続税の課税額は相続財産から基礎控除を引いて計算しますが、15年1月からその仕組みも変わったのです。

  • 14年末まで:「5000万円+1000万円×法定相続人の数」
  • 15年1月以降の基礎控除:「3000万円+600万円×法定相続人の数」

いつのまにか「中の上」ぐらいの収入階層でも課税されかねない水準になってきました。

相続税がない国はどこ?

日本では格差是正のために、相続税の強化がよく論じられています。

自民・公明政権のもとで前述の増税が行われましたし、共産党や立憲民主党などの野党は「福祉の財源は、お金持ちから取るべきだ」と主張しています。

そのため、日本にいると相続税があるのは当然だと考えがちです。

しかし、よく考えてみると、世界には、相続税がない国が意外とたくさんあります。

例えば、シンガポール、マレーシア、中国、インド、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、ノルウェー、オーストリア、ポルトガルには相続税がありません。

日本税理士連合会「相続税の機能と今後の税制のあり方について」(2018/12/30)によれば、以下の国々(地域)は20世紀以降、相続税を廃止しました。

豪州は1979年、NZは99年、スウェーデンとポルトガルは2004年、香港は06年、シンガポールとオーストリアは08年、ノルウェーは12年。

スイスは「相続税なし」の国としてよく取り上げられましたが、最近は限られた範囲で低い税率の相続税がかかるようです。

【スイスの相続税は低率で限定的】

(出所:スイスの労働市場 – Switzerland Global Enterprise

  • シュビーツ州およびオプヴァルデン準州を除き、全州で相続税と贈与税がかかる。
  • だが、夫婦間の相続や贈与には非課税。
  • 26州のうち3州で親から子への財産の移譲で相続税が課かる(1%~3.5%程度)
  • 親戚や第三者への移譲が相続税の課税対象

意外にも、社会主義の看板が残っている中国は、相続税のない国です。

一時期、相続税の導入も議論されましたが、その後、中国政府が動いた気配はありません。

そして、世界最大のGDPを誇る米国では、2017年末に成立した減税で相続財産にかかる控除が二倍になりました。

基礎控除で6億円程度だったものが12億円相当にまで広がったので、本当のお金持ち以外は対象外になったのです。

ただ、2021年に民主党政権が発足したので、これに関して、見直しが行われる可能性が高まっています。

バイデン大統領は4月の議会演説で「アメリカの実業界と上位1%の超富裕層は公平な負担を担うべきだ」と述べています。

今後、税制改革案として、相続のための優遇措置の廃止などが活発に議論されることになりそうです。

(具体的には、相続資産の売却益の計算法の変更など。現在は、資産取得時の価格から売却益を計算せず、相続時の市場価格で計算している(ステップアップ方式)ため、売却益が小さく計算され、納税額が少なめになっているが、これを変更すべきとの声があがっている)

相続税のメリット・デメリット

日本は2015年1月から6段階だった税率が8段階になり、最高税率は55%となりました(世界最高水準)。

一番、インパクトが大きいのは基礎控除の縮小で、基礎控除(非課税枠)が4割も減っています。

現在、相続税の税率は以下の通りです(カッコ内は控除額)。

  • 1000万円以下:10%
  • 3000万円以下:15%(控除50万円)
  • 5000万円以下:20%(同200万円)
  • 1億円以下:30%(同700万円)
  • 2億円以下:40%(同1700万円)
  • 3億円以下:45%(同2700万円)
  • 6億円以下:50%(同4200万円)
  • 6億円超 :55%(同7200万円)

そうまでして相続税を課税するのは、格差是正に効果があると考えられているからです。

相続税がない場合は「金持ちの家はずっと金持ち」「貧乏人の家はずっと貧乏人」となり、社会での階層が固定化しやすくなります。貧富の差が大きくなるため、累進課税制度で富の再配分を行うわけです。

また、所得税は所得把握が完全ではないため、よく「とりっぱぐれ」が起きます。

これを補うために国税庁は相続税を使うわけです(死ぬ前に税金を清算しろと言っているように見えますが)。

このあたりが相続税のメリットと見られています。

しかし、そこにはデメリットもあります。

相続税は所得税から取ったお金の残りに税金をかけているので、二重課税だという批判は根強くあります。

また、相続税や譲与税を重くするとお金持ちが海外に逃げていきます。

さらに、中小企業の事業継承に支障をきたします。

事業承継の際に負担を減らす例外措置も始まりましたが、これは、5年間にわたり、雇用の8割を維持しなければいけません。

これはなかなか厳しい基準です。

中小企業者には、自分が始めた仕事を有能な子供や親類、見込んだ後継者に譲りたい方が多いのですが、今の税制では均分相続なので難しく、贈与すれば「贈与税」がかかります。

スウェーデンが相続税を廃止した理由とは

日本ではスウェーデンは「高い税金で高い福祉」の国というイメージがあるので、この国が相続税廃止に踏み切ったのは、意外に見えるかもしれません。

その経緯が2012年の「朝日デジタル」の特別版で紹介されていました。

(出所:金持ち税を廃止した「福祉の国」スウェーデン

その内容を四点に絞って整理すると、こうなります。

【①高額所得者の海外逃亡を防ぐ】

  • 首都ストックホルムに近いダンデリード市の高級住宅街に住むP氏(61歳)は言う。2007年に富裕税は廃止されたのは「当然だ」
  • 「高額所得者が国外に出てしまえば、国の競争力が落ちる。無駄を省いて、もっと税金を下げるべきだ」

【②相続税と贈与税はなぜ廃止されたのか】

  • 2007年に廃止に踏み切った政権の財務相ペール・ヌーデル氏はいう。
  • 「中小企業では負担が重く、事業を引き継げない場合が多かった」
  • 相続税と贈与税が国の税収に占める割合も計約0.2%で、歳入に大穴があくほどではなかった。

【③イケアは相続税のために海外移転】

  • おしゃれなデザインの家具で知られるイケア。現在、グループ持ち株会社はオランダにある。三角パックの紙容器を広めたテトラパックも本社はスイスだ。両社とも、創業家はスウェーデンを離れたとされる。
  • 「税金が理由で移転したのだろう。相続税は経済活動にブレーキをかける」

【④現代は資本も資産も海外に移動してしまう時代】

  • ストックホルム大のペーテル・メルツ教授は「経済のグローバル化で資産を国外に移すのが簡単になり、金持ちから税金を取るのが難しくなっている」と話す。
  • スウェーデンは「どうせ取れないなら、せめて逃げ出されないようにしよう」と考えた。
  • 元国税庁長官の渡辺裕泰・早稲田大教授は「海外では、相続税は不公平な税と考えられている」と断言。
  • 大金持ちは専門家に頼んで、把握が難しい金融資産に変えたり、国外に逃げ出したりする。
  • 払うのは大都市に土地を持つような中産階級や小金持ちだけ。「米国では、払いたい人が払う『ボランタリータックス(自発的な税金)』と揶揄される」

福祉国家スウェーデンが立てた「廃止の理由」はそれなりに理が通っています。

主要国の相続税率を比べてみる

さらに、今の税率を各国と比較してみます。

(以下、財務省資料「税調第18回総会 資料2-2」※特に「我が国と諸外国の相続・贈与に関する税制の比較」を参照)

このデータは18年1月時点の最低税率/最高税率(控除額)です。

・日本:10%/55%(3000万円+〔相続人×600万円〕)
・米国:18%/40%(1118万$)
・英国:40%/40%(32.5万£)
・ドイツ:7%/30%(配偶者:剰余調整分+75.6万€/子:40万€)
・フランス:5%/45%(10万€)

各国通貨での金額を、7/10頃の為替で換算すると、日本円相当の金額がわかります。

・日本:3000万円+(相続人×600万円)
・米国:約12億円。配偶者免税
・英国:約4400万円。配偶者免税
・ドイツ:配偶者が約9200億円、子が約4900万円
・フランス:約1200万円。配偶者免税

日本の税率は高く、トランプ減税によって、米国が特に低くなりました。

増税日本から富裕層は米国に逃げ出した?

こうした相続税を嫌がり、海外移住を選ぶ富裕層も増えたので、近年、財務省は国外資産への課税強化を進めました。

  • 14年:5000万円超の国外資産に情報開示を義務付け
  • 15年:海外資産で有価証券などが1億円以上ある場合、出国時に含み益に対して所得税を課税
  • 18年:国外資産への相続税の免除条件変更。海外在住年数が「5年超」から「10年超」に延長。

まさに「逃げる者」と「逃すまい」とする財務省との攻防戦です。

なぜ、そうなるのかを、プレジデント記事「日本の超富裕層が次々に米国移住するワケ」(2019.1.12)は実情を踏まえて紹介していました。

この記事では「所得税/相続税/キャピタルゲイン税」の税率からみると、富裕層にとって米国は魅力的な国だと述べています。

  • 日本: 45%/55%/20%
  • 米国: 39.6%/40%/20%+州税
  • NZ: 33%/0%/0%
  • シンガポール: 22%/0%/0%
  • マレーシア: 28%/0%/0%

基礎控除が12億円もあれば、大部分の人は対象外なので、米国に逃げたくなるのは当然ではあります。

2021年1月に財務省が作成した資料を見ると、課税価格が10億円をこえた場合、日本の富裕層は英仏独よりも高い税金を負担しているようです。

graph

(出所:財務省「主要国の相続税の負担率」)

ただ、2021年に民主党が政権をつくり、両院の主導権を握りました。

税制改革が本格化すれば、こうした趨勢も変わるかもしれません。

「お金持ちが逃げる国」は魅力的なのだろうか?

資産家が逃げていく国は、第二次大戦後の英国のような「衰退国」になる危険性を抱えています。

「稼げる人」が逃げてしまうからです。

日本は、格差是正論に基づいて相続税強化に傾きがちですが、社会保障を重視するスウェーデンでも「金のなる木」である企業とその創業者が海外逃亡しないよう、注意をはらっています。

こうしてみると、相続税があることは必ずしも当然ではありません。

世間では、格差の固定化が問題視されていますが、同時に、相続税のデメリットについても、しっかりと頭に入れておきたいものです。