TMO:サーモフィッシャーサイエンティフィックの業績

財務情報






【2025年版】サーモフィッシャー (TMO) 徹底分析:ライフサイエンスの巨人、M&Aとイノベーションで描く成長戦略 – FY2019-FY2024財務データと将来展望


【2025年版】サーモフィッシャー (TMO) 徹底分析:ライフサイエンスの巨人、M&Aとイノベーションで描く成長戦略 – FY2019-FY2024財務データと将来展望

はじめに
サーモフィッシャーサイエンティフィック (Thermo Fisher Scientific Inc.) は、科学研究、ヘルスケア、応用科学、産業分野向けに幅広い製品とサービスを提供する世界的なリーダー企業です。「科学を通じて、より健康で、よりクリーンで、より安全な世界を実現する」ことをミッションとし、M&Aとイノベーションを両輪に成長を続けてきました。特にパンデミック時には、検査キットやワクチン製造支援などで大きな役割を果たしました。
この記事では、サーモフィッシャーの過去の会計年度 (主にパンデミック前後を含むFY2019~FY2024) の財務データを基に、その多角的な事業構造、成長戦略、財務状況、そして将来展望を、投資家の視点から分かりやすく解説します。

【免責事項および出典について】

  • 本記事に掲載されている財務情報は、主にサーモフィッシャーサイエンティフィック社が米国証券取引委員会 (SEC) に提出している年次報告書 (Form 10-K)、四半期報告書 (Form 10-Q)、及び株主向け決算発表資料(Earnings Releases, Investor Presentationsなど)といった公式IR情報に基づいて作成されています。FY2024のデータは、2025年2月発表の年次報告書(2024年12月31日終了年度)に基づいています。
  • 記事内の成長率 (CAGRなど) や一部の経営指標は、これらの公式データに基づき筆者が算出したものです。オーガニック成長率は、買収・売却および為替変動の影響を除いたものです。
  • 本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の有価証券の購入や売却を推奨または勧誘するものではありません。投資に関する最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。
  • データは記事作成時点で入手可能な情報に基づき、正確を期すよう努めておりますが、常に最新かつ完全な情報を保証するものではありません。必ずサーモフィッシャー社の公式IR情報をご確認ください。
  • サーモフィッシャー社 投資家向け情報ページ: https://ir.thermofisher.com/
  • スマートフォンでご覧の場合、表は横にスクロールしてご確認ください。

会計年度について: サーモフィッシャーサイエンティフィックの会計年度は、暦年 (1月1日から12月31日まで) と一致しています。例えば、本記事で「FY2024」と表記する会計年度は、2024年1月1日から2024年12月31日までの期間を指します。

1. サーモフィッシャーの業績:パンデミック後の調整とコア事業の成長

パンデミック関連需要の急増とその後の正常化プロセスを経て、サーモフィッシャーはコア事業の持続的な成長と、戦略的なM&Aによる事業ポートフォリオの強化を進めています。

1.1. 売上、利益、キャッシュフローの推移

主要な業績の移り変わりを見てみましょう。パンデミックの影響とその後の調整が反映されています。

会計年度 売上高(百万$) 売上成長率(GAAP) オーガニック
成長率
営業利益(調整後, 百万$) 純利益(調整後, 百万$) 営業CF(百万$)
FY2019 25,542 4.8% 6% 6,071 4,523 5,234
FY2020 32,218 26.1% 22% 10,600 8,399 9,012
FY2021 39,211 21.7% 15% 12,679 9,882 9,877
FY2022 44,915 14.5% 1% 11,790 9,012 9,030
FY2023 42,857 -4.6% -3% 10,070 7,722 8,480
FY2024 42,763 -0.2% 0% 9,969 7,660 8,789

出典: サーモフィッシャー公式IR資料 (年次報告書 Form 10-K, 決算発表資料) より筆者作成。調整後営業利益・純利益は会社発表値。オーガニック成長率は会社発表値。

  • 売上高: FY2020-FY2022にパンデミック関連需要で大きく成長しましたが、FY2023以降はその反動減とバイオテクノロジー顧客の資金調達環境悪化の影響で調整局面。FY2024はほぼ横ばい。
  • オーガニック成長率: パンデミック関連を除いたコア事業は底堅く推移。FY2024は0%。
  • 調整後営業利益・純利益: 売上変動とコスト管理により推移。高い利益水準を維持。
  • 営業キャッシュフロー (営業CF): 安定して高いキャッシュ創出力を維持しています。

1.2. セグメント別業績 (FY2024)

サーモフィッシャーは4つの主要セグメントで事業を展開しています。

セグメント 売上高(百万$, FY2024) 構成比 オーガニック成長率(FY2024)
主要事業セグメント
ラボ製品・バイオ医薬品サービス 17,510 41.0% -1%
ライフサイエンスソリューション 10,449 24.4% -8%
分析機器 7,026 16.4% +4%
スペシャルティ診断 4,311 10.1% -4%
(事業間調整・その他) 3,467 8.1%
合計 42,763 100.0% 0%

出典: サーモフィッシャー FY2024 Form 10-K, 決算発表資料より筆者作成 (構成比はその他調整前ベースの概算)。

  • ラボ製品・バイオ医薬品サービス: 最大セグメント。消耗品、装置、バイオ医薬品開発・製造受託サービス (CDMO) を提供。パンデミック後の調整が続くも、バイオ医薬品市場の成長が中長期的ドライバー。
  • ライフサイエンスソリューション: 遺伝子解析、細胞培養、タンパク質研究用試薬・装置。こちらもパンデミック関連需要の反動が大きいが、基礎研究や創薬分野での需要は底堅い。
  • 分析機器: クロマトグラフィー、質量分析計、電子顕微鏡など。産業・学術分野での需要が堅調で、FY2024はプラス成長。
  • スペシャルティ診断: 臨床診断、免疫診断、微生物検査用製品。パンデミック検査需要の減少が影響。

2. サーモフィッシャーのビジネスモデルと戦略:M&Aとイノベーションによる成長

サーモフィッシャーの成長は、規律あるM&A戦略と継続的なイノベーション、そしてグローバルな事業展開によって支えられています。

  • 多角的な事業ポートフォリオ:
    • 幅広い製品・サービス群により、特定市場の変動リスクを分散。
    • ライフサイエンス研究から臨床診断、工業プロセスまで、多様な顧客ニーズに対応。
  • 消耗品・サービスによる安定収益:
    • 装置販売後も、関連する試薬、消耗品、保守サービスから継続的な収益が発生。これが収益の安定性と予測可能性を高めています。
    • 総収益に占める消耗品・サービスの割合が高い。
  • M&A戦略:
    • 成長市場への参入、技術獲得、規模拡大を目的とした戦略的買収を積極的に展開。
    • 近年の大型買収例:PPD (医薬品開発業務受託機関、2021年)、The Binding Site (スペシャルティ診断、2023年)。
    • 買収後の統合 (PMI) とシナジー創出が重要。
  • イノベーションと研究開発:
    • 顧客の課題解決と生産性向上に貢献する新製品・新技術の開発に注力。
    • AI、データサイエンス、自動化技術などを活用したソリューション開発。
  • グローバル展開: 特に高成長が期待される新興国市場(中国、インドなど)での事業拡大を推進。ただし、中国市場は近年減速傾向も見られる。

3. 収益性とコスト構造:高い利益水準の維持

サーモフィッシャーは、規模の経済と効率的な事業運営により、高い利益率を維持しています。

会計年度 売上総利益率(GAAP) 営業利益率(調整後) 純利益率(調整後)
FY2019 45.0% 23.8% 17.7%
FY2020 50.5% 32.9% 26.1%
FY2021 50.6% 32.3% 25.2%
FY2022 46.7% 26.2% 20.1%
FY2023 44.4% 23.5% 18.0%
FY2024 44.1% 23.3% 17.9%

出典: サーモフィッシャー公式IR資料より筆者作成。調整後利益率は会社発表値。

  • 売上総利益率 (粗利率): パンデミック関連の高利益率製品の構成比低下などにより、ピーク時よりは低下しましたが、依然として40%台半ばの高い水準。
  • 調整後営業利益率・純利益率: こちらもピーク時よりは低下しましたが、調整後営業利益率は20%台前半、調整後純利益率は10%台後半と高水準を維持。

4. 財務の健全性:M&Aと財務規律のバランス

積極的なM&A戦略を展開しつつも、規律ある財務運営と強固なキャッシュ創出力により、財務の安定性を維持しています。

4.1. 資産・負債・資本の推移

会計年度末 総資産(百万$) のれん及び
無形資産(百万$)
総負債(百万$) 株主資本(百万$) D/Eレシオ(総負債/株主資本)
FY2019 69,841 42,745 35,545 34,296 1.04
FY2020 82,466 49,434 43,486 38,980 1.12
FY2021 107,515 68,923 59,762 47,753 1.25
FY2022 101,706 63,875 53,170 48,536 1.10
FY2023 98,109 60,250 48,245 49,864 0.97
FY2024 97,746 59,625 46,977 50,769 0.93

出典: サーモフィッシャー公式IR資料 (年次報告書 Form 10-K) より筆者作成。

  • 総資産・のれん及び無形資産: M&Aにより多額ののれん及び無形資産を計上。これが総資産の大きな部分を占めています。
  • D/Eレシオ: 大型買収時には一時的に上昇しますが、その後は安定的なキャッシュフローにより低下傾向。1倍前後でコントロールされています。

4.2. キャッシュフローと株主還元

会計年度 営業CF(百万$) 設備投資(百万$) フリーCF(調整後, 百万$) 配当支払額(百万$) 自社株買い(百万$)
FY2019 5,234 1,214 4,020 343 1,500
FY2020 9,012 1,709 7,303 379 0
FY2021 9,877 2,510 7,367 417 2,000
FY2022 9,030 2,670 6,360 472 3,000
FY2023 8,480 1,940 6,540 509 3,000
FY2024 8,789 1,734 7,055 566 3,000

出典: サーモフィッシャー公式IR資料より筆者作成。調整後FCFは会社発表値またはそれに準じて計算。

  • フリーキャッシュフロー (FCF): 調整後ベースで年間60億~70億ドル規模の強力なFCFを創出。これがM&A、設備投資、株主還元(配当・自社株買い)の原資となります。
  • 株主還元: 安定的な増配と、継続的な自社株買いを実施。

5. 投資家向け指標:成長性と株主価値

会計年度 EPS (GAAP)($) EPS (調整後)($) ROE (%)(調整後純利益ベース) 配当性向(調整後EPSベース)
FY2019 9.63 11.16 13.6% 7.9%
FY2020 19.55 20.79 22.9% 4.6%
FY2021 19.29 24.40 22.2% 4.3%
FY2022 15.33 23.24 18.9% 5.2%
FY2023 15.05 21.55 15.7% 5.9%
FY2024 17.62 21.40 15.3% 6.8%

出典: サーモフィッシャー公式IR資料より筆者作成。ROEは期中平均株主資本と調整後純利益より算出。

  • EPS (1株当たり純利益): 調整後ベースで、パンデミック関連需要のピーク(FY2021-2022)からは減少したものの、依然として高い水準を維持。
  • ROE (自己資本利益率): 調整後ベースで15%前後と、安定した資本効率を示しています。
  • 配当性向: 低水準に抑えられており、成長投資やM&Aへの資金配分を優先する姿勢が見られます。

6. イノベーションと技術戦略:科学の進歩を加速

サーモフィッシャーは、顧客のイノベーションを支援するため、最先端技術の開発とソリューション提供に注力しています。

  • 主要な技術分野:
    • 遺伝子解析: 次世代シーケンシング(NGS)、遺伝子編集(CRISPR)、細胞・遺伝子治療関連技術。
    • 質量分析とクロマトグラフィー: 新薬開発、環境分析、食品安全など幅広い分野での精密分析技術。
    • 電子顕微鏡: 材料科学、半導体、生命科学研究におけるナノスケールイメージング。
    • 臨床診断: 分子診断、免疫診断、微生物検査など、個別化医療や感染症対策に貢献。
  • デジタルソリューション:
    • ラボ情報管理システム(LIMS)、電子ラボノート(ELN)、クラウドベースのデータ解析プラットフォーム。
    • AIや機械学習を活用したデータ解析、創薬プロセスの効率化支援。
  • サステナビリティ: 環境負荷の低い製品設計や、顧客の持続可能性目標達成を支援するソリューションの提供。

7. 市場競争と今後の展望:変化する市場環境への適応

ライフサイエンスおよび診断市場は、技術革新が速く、競争も激しいですが、同時に大きな成長機会も存在します。

  • 競争環境: Danaher, Agilent Technologies, Merck KGaA, Roche, Waters Corporationなど、各分野で専門性を持つ企業や、幅広いポートフォリオを持つ企業と競合。
  • 市場の成長ドライバー:
    • バイオ医薬品市場の拡大(特に細胞・遺伝子治療、mRNA医薬など)。
    • 個別化医療の進展とコンパニオン診断の需要増。
    • 新興国における医療インフラ整備と研究開発投資の増加。
    • 食品安全、環境モニタリングへの関心の高まり。
  • 課題と機会:
    • バイオテクノロジーセクターの資金調達環境の変動。
    • 中国市場の成長鈍化と地政学的リスク。
    • GLP-1作動薬関連など、新たな治療薬開発・製造支援における機会。

8. FY2025年の見通しと今後のポイント (2025年Q1決算時点)

サーモフィッシャーは、パンデミック後の市場環境の正常化に対応しつつ、コア事業の成長と戦略的投資を通じて、中長期的な成長を目指しています。

FY2025年 通期会社ガイダンス(2025年4月発表):

  • 売上高: 423億~433億ドル (オーガニック成長率: -2%~0%)
  • 調整後EPS: $20.95~$22.00

上記ガイダンスは、サーモフィッシャー社が発表した情報に基づくものであり、将来の業績を保証するものではありません。

投資家が注目すべきポイントとリスク:

  • コア事業のオーガニック成長率: パンデミック影響を除いた事業の成長力。特に分析機器やバイオ医薬品サービス。
  • M&A戦略の実行と成果: 新規買収案件の有無と、過去の買収案件の統合・シナジー効果。
  • バイオテクノロジー顧客の動向: 資金調達環境の改善が顧客の研究開発投資にどう影響するか。
  • 中国市場の回復状況。
  • マクロ経済環境: 金利動向、景気後退懸念が顧客の設備投資や研究予算に与える影響。
  • 新製品の市場浸透と競争力。

9. まとめ:サーモフィッシャーは持続的な成長を実現できるか?

サーモフィッシャーサイエンティフィックは、その多角的な事業ポートフォリオ、強力な市場ポジション、そして規律あるM&Aとイノベーションへの投資を通じて、ライフサイエンス業界におけるリーダーの地位を確立してきました。パンデミック後の市場調整局面を経て、同社が再び力強い成長軌道に戻れるかが注目されます。

  • 強み: 幅広い製品・技術基盤、グローバルな事業展開、消耗品・サービスによる安定収益、強力なキャッシュ創出力、実績のあるM&A実行能力。
  • 今後の鍵: コア事業の持続的成長、戦略的M&Aによる価値創造、高成長分野(バイオ医薬品、遺伝子治療、臨床研究など)でのリーダーシップ強化、そして変化する市場環境への迅速な対応。

ライフサイエンスとヘルスケア分野は、高齢化、新興疾患の出現、個別化医療の進展など、長期的な成長トレンドに支えられています。サーモフィッシャーがこれらの追い風を捉え、イノベーションと戦略的展開によって価値を提供し続けられるか、その手腕に期待が寄せられます。

本記事は、公開情報に基づき筆者の分析を加えたものであり、特定の投資行動を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任において行うようにしてください。本分析は、サーモフィッシャーサイエンティフィック社の公式IR情報および信頼できると考えられる情報源に基づいていますが、その正確性や完全性を保証するものではありません。常に最新の公式情報をご参照ください。

最終更新日時: 2025年6月6日


Posted by 南 一矢