世界地図

geralt / Pixabay

各国首脳一覧

G20を中心に、世界の指導者の経歴などを整理します。

G7やBRICs、ASEANの国々も含めて、主要国の大統領や首相を重点的に紹介してみます。

【目次】

米国:ドナルド・トランプ大統領の略歴

 

 

 

 

 

 

 

本名はドナルド・ジョン・トランプ。

著作は数多いが、本人の一押しは”The Art of the Deal”(邦訳『トランプ自伝』)。

(※以下、表記例:1990年⇒90年。2001年⇒01年。前二桁を省略)

  • 46年:6月14日にニューヨーク州クィーンズに出生(現71歳)
  • 64年:ニューヨーク・ミリタリー・アカデミー卒業
  • 68年:ペンシヴァニア大ウォートンスクール卒業(経済学)
  • 69年:父が経営する「エリザベス・トランプ・アンド・サン」に入社し、不動産開発事業を学ぶ
  • 71年:社長に就任。社名は「トランプ・オーガナイゼーション」に変更。その後、ホテル、カジノ等に多角化を図る。
  • 90年代:経営危機に直面するも、トランプはウィルバー・ロス(現商務長官)等の投資家の支援を得て事業を存続。
  • 04年:リアリティ番組「アプレンティス」に出演。プロデュースも務め、15年まで出演。
  • 15年:大統領選に出馬表明。標語として”Make America Great Again”を掲げる。16年11月8日に当選。
  • 17年:第45代アメリカ合衆国大統領に就任

※関連記事:ドナルドトランプとは何者か 不動産王の経歴

※関連記事:トランプ政権閣僚一覧 経歴、素顔、政策

スポンサーリンク

日本:安倍晋三首相の略歴

Shinzō_Abe

 

 

 

 

 

 

 

(English: Prime Minister of Japan, Shinzō Abe, at Hudson Institute in March 2016)

  • 54年:9月21日に出生
  • 77年:成蹊大学法学部政治学科卒業
  • 79年:神戸製鋼所入社
  • 82年:父・晋太郎の下で外務大臣秘書官を務める
  • 93年:山口一区で衆議院議員初当選
  • 95年:自民党総裁選で小泉純一郎を推薦
  • 00年:森内閣~小泉内閣で内閣官房副長官
  • 02年:小泉訪朝後に北朝鮮拉致被害者の一時帰国に反対。
  • 03年:自民党幹事長に就任
  • 04年:自民党幹事長代理・党改革推進本部長
  • 05年:小泉内閣で内閣官房長官に就任
  • 06年:第一次安倍内閣発足(~07年まで)
  • 12年:9月に自民党総裁に就任
  • 12年:12月に第二次安倍内閣発足

※関連記事:【安倍内閣改造】閣僚の経歴一覧 

中国:習近平総書記の略歴

Xi_Jinping_Sept._19,_2012

 

 

 

 

 

 

 

習近平(シージンピン/しゅうきんぺい)は共産党総書記と国家主席、党中央軍事委主席等を兼ねる中国の指導者。

(※「総書記」=共産党の長、「国家主席」=中華人民共和国の顔、「党中央軍事委員会主席」=人民解放軍の長(中国軍は共産党の軍)。

その歩みは以下の通り。

  • 53年6月:出生(現64歳。原籍地は陝西省富平県)。
  • 69年:陝西省に送られ6年ほど農作業などの肉体労働を行う(下放された)。
  • 74年:中国共産党に入党
  • 75年:22歳頃に清華大学化学工程学部に入学(その後、国務院副総理の秘書を3年務めた)
  • 82年:29歳で河北省正定県党委員会副書記
  • 85年:32歳で福建省廈門市党委員会常務委員/副市長
  • 87年:歌手の彭麗媛と結婚(34歳頃。その後、福州市党委員会副書記,福建省省長を歴任)
  • 03年:50歳で浙江省党委員会書記。
  • 07年:54歳で上海市党委員会書記に就任。その後、党中央政治局常務委員になる。
  • 08年:55歳で国家副主席となる(中央書記処書記/中央党校校長を兼任)。
  • 10年:57歳で中央軍事委員会副主席に(他の役職は継続)。
  • 12年:胡錦濤の後継者として総書記と党中央軍事委員会主席を兼任。
  • 17年:第二期習近平政権が発足。

※関連記事:政治局常務委員と次期最高指導部の顔ぶれ

インド:ナレンドラ・モディ首相の略歴

Narendra_Damodardas_Modi_

 

 

 

 

 

 

 

(Narendra_Damodardas_Modi.jpg: Narendra Modi - official Flickr account)

中流家庭から一生懸命働いて出世した庶民派首相。インディアン・ドリーム(仮にそう呼びます)を実現した人物の略歴は?

  • 50年:9月17日にグジャラート州ヴァドナガルにて誕生(6人兄弟の三番目。大学は政治学専攻)
  • 74年:24歳頃に民族奉仕団(RSS)に入団(後、学生代表になる)
  • 87年:37歳頃にインド人民党(BJP)のグジャラート州議会議員に選出
  • 88年:BJPグジャラート州支部長
  • 95年:BJP書記
  • 98年:BJP幹事長
  • 01年:51歳頃にグジャラート州首相
  • 14年:64歳頃にインド首相就任

人口6000万人のグジャラート州で14年間、州首相を務めた頃には電力や水道等のインフラ整備に尽力。外資を受け入れて経済成長を実現。

行政改革や汚職を減らす取組み等を進めた。

選挙期間中には「雇用を生み出す海外直接投資を歓迎する」と繰り返し、グジャラート州の成功モデルを全国に広げることを公約。

モディ氏が掲げた「『優れた統治』と『開発』」というスローガンは、当時の国民の要望に一致していた。

日経ヴェリタス(2014/4/13:10面)は当時のインドの状況を「シン政権ではインフラ整備が停滞し、国内では、100を超える大型プロジェクトが滞っている。原因は非効率な行政だ。役人の汚職が絶えず、認可業務などの遅れはざらだ」と評している。

選挙中は1800回もの演説をこなし、首相になってからは朝5時~夜12時まで働いている。清廉潔白で真面目との風評もある。

最近のインド経済についての関連記事は以下の通り。

※関連記事:インドETFの比較【EPI】【INDL】【SCIF】

ロシア:プーチン大統領の略歴

Vladimir_Putin_-_2006

 

 

 

 

 

 

 

 

Author Russian Presidential Press and Information Office

「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン」。むき出しの筋肉を誇示するハードボイルド大統領。

『プーチン、自らを語る』によれば、不良少年だったプーチンは十歳~十一歳ごろに柔道を始め、更生したという。

「柔道はスポーツではない。柔道は哲学だ」(本人談)※現在柔道六段

国際社会の「裏番長」の略歴とは。

  • 52年:10月7日にレニングラード(サンクトペテルブルク)に出生(現65歳)。
  • 75年:レニングラード国立大学法学部を卒業。その後、KGBに入る(冷戦末期に5年間東ドイツ勤務)
  • 91年:ソ連崩壊。プーチン談「20世紀最大の地政学的悲劇」。帰国し、レニングラード国立大学で学長補佐官になる
  • 94年:サンクトペテルブルク市副市長(恩師が市長をしていた。市長失脚後にモスクワへ)
  • 97年3月:大統領府副長官および大統領監督総局局長
  • 98年5月:大統領府第一副長官
  • 98年7月:連邦保安局長官
  • 99年3月:安全保障会議書記を兼職
  • 99年8月:首相

(エリツィン大統領の)「『ファミリー』はプーチンのことを、権力のエンジニアではあるが、最高権力の座を狙っているわけではなさそうだ」と判断。「控えめな態度が信頼されて、プーチンはあらたな仕事を任され」た(ミヒャエル・シュティルマー著『プーチンと甦るロシア』)。

経済危機やチェチェン紛争で指導力を発揮し、エリツィン大統領の後継者になる。

  • 99年8月16日:国家院の承認を受け首相に就任
  • 99年12月31日:エリツィン前大統領の辞任に伴い、大統領代行に任命。
  • 00年3月26日:大統領選挙で当選(得票率52.94%)
  • 00年5月7日:大統領に就任(04年再選)
  • 08年:プーチンは首相になり、メドベージェフが大統領になる
  • 12年:大統領選に当選(18年に大統領選)

※関連記事:プーチンの経歴と主な発言

ドイツ:メルケル首相の略歴

Angela_Merkel

 

 

 

 

 

 

 

Author :Flickr_-_Πρωθυπουργός_της_Ελλάδας_-_Angela_Merkel_-_Αντώνης_Σαμαράς_(2).jpg: Αντώνης Σαμαράς Πρωθυπουργός της Ελλάδας from Greece

就任してから13年目に入ったアンゲラ・メルケル首相。

長期政権を率いる女性宰相の略歴を見てみよう。

  • 54年:7月17日にハンブルクで牧師の家に出生(現63歳)。
  • 55年:旧東ドイツのテンプリン市に移住
  • 73~78年:ライプチヒ大学にて物理学専攻を専攻(24歳まで大学に在籍。36歳まで研究者)
  • 78~90年:東ドイツ科学アカデミー付属物理化学中央研究所研究員
  • 86年:理学博士号を取得(夫も研究者)。その後、研究者から実務家へと転身。
  • 90年:旧東ドイツ政府副報道官。同年に連邦議会議員になる。
  • 91~94年:連邦女性・青少年大臣
  • 94~98年:連邦環境・自然保護・原子力安全大臣
  • 98~00年:キリスト教民主同盟(CDU)幹事長
  • 00年~:CDU党首
  • 02~05年:連邦議会キリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)会派/院内総務
  • 05年11月:連邦首相

過去、97年、07年、08年、15年に訪日している。

フランス:マクロン大統領の略歴

 

 

 

 

 

 

 

Photo: Arno Mikkor (EU2017EE)

  • 生年月日:1977年12月21日にアミアン(ソンム県)に出生(現40歳)
  • 学歴:パリ第10ナンテール大学(ヘーゲル哲学を専攻)⇒パリ政治学院⇒国立行政学院卒業(2002-04年。パリ政治学院、国立行政学院は歴代大統領や首相を数多く出した名門校)。

40歳の大統領の華麗な経歴は以下の通り。

  • 04~08年:会計検査官
  • 08~11年:事業銀行家
  • 11~12年:ロチルド・エ・コンパニー銀行共同経営者
  • 12~14年:フランス大統領府副事務総長
  • 14~16年:経済・産業・デジタル大臣
  • 17年:フランス大統領に当選。「前進」を下院選の過半数政党に導く。

フランスの学者ジャック・アタリ氏の推薦でオランド大統領の側近となり、閣僚入りした。オランド政権では「マクロン法」(解雇過程の簡略化や労働時間の規制緩和、長距離バス路線の自由化等の経済改革法案)を成立させた。

※関連記事①仏大統領 エマニュエル・マクロンの経歴と政策

※関連記事②マクロンとトランプの発言 仏大統領訪米は国賓待遇

スポンサーリンク

イギリス:メイ首相の略歴

 

 

 

 

 

 

 

https://www.flickr.com/photos/ukhomeoffice/21450866922

本名はテリーザ・メアリー・メイ(Theresa Mary May)。

英国のEU離脱を無事に終了させることができるかどうかが注目される女性宰相の略歴とは。

  • 56年:10月1日、英最南部イーストボーンに出生(父はイングランド国教会司祭)
  • 77年:オックスフォード大学セント・ヒューズ・カレッジを卒業(地理学専攻。政治家を12歳の頃に政治家を志したという)
  • 77~83年:イングランド銀行
  • 85~97年:銀行共同支払決済機構(APACS)
  • 86~94年:ロンドン・マートン区議員
  • 97年:下院議員に当選
  • 02年:保守党幹事長
  • 03年:枢密顧問官
  • 10~16年:内務大臣
  • 16年7月:首相

内務大臣時代は移民関連の行政を取り仕切り、出入国管理の厳格化を計った。

違法移民に向けて「帰国せよ。さもなくば逮捕だ」という宣伝文句をつけた車両を全国に走らせた逸話もある。

16年6月23日のEU離脱国民投票の時、メイ氏は消極的ながらも残留派の側についた。

離脱決定後のキャメロン首相辞任を経て、保守党党首選に立候補。党首選は5人が立候補したが辞退続出となり、7月12日にはメイ氏だけになり、党首就任が確定する。首相就任後は、国民投票の結果を受けて離脱のための手続きを一歩一歩と進めている。

イタリア:ジュゼッペ・コンテ首相の略歴

混迷が続くイタリア政界では、結局、法学者のジュゼッペ・コンテ氏(Giuseppe Conte)が首相となりました。

Author:Presidenza della Repubblica/Source http://www.quirinale.it/elementi/Continua.aspx?tipo=Foto&key=19289

18年3月4日の総選挙では「五つ星運動」が勝利し、5月21日に同党が中道右派の「同盟」とともにコンテ氏をマッタレッラ大統領に推薦。

しかし、コンテ氏は政争の渦中で27日に組閣を断念しました。

借金の山が重なるイタリアで政治不安が高まりましたが、その後、一転してコンテ氏はマッタレッラ大統領に5月31日に再指名されます。

「全イタリア国民の生活をよくする決意で働く」

そう語るコンテ氏の経歴は以下の通りです。

  • 64年8月:南部プーリア州の人口約470人のボルトゥラーラアップラにて出生
  • その後、ローマ大法学部で学び、米エール大、仏ソルボンヌ大などに海外留学。
  • 弁護士業の傍ら、ローマ・ルイス大とフィレンツェ大で法学者として教壇に立つ。
  • 元々は民主党(中道左派)を支持していたが、2013年以降、「五つ星運動」との関係を深め、2018年3月の総選挙では「五つ星」の公約作りに貢献した。

スペイン:ペドロ・サンチェス首相の略歴

スペインは議会君主制なので、元首は国王のフェリペ6世であり、二つの議会があります。

ここは議院内閣制の国です。

6月1日にラホイ首相への不信任案が可決され、2日にペドロ・サンチェス氏が首相となりました。

(20 July 2017/Source PSOEko idazkari nagusi Pedro Sánchezekin bildu da Lehendakaria/Author:Irekia)

現在、46歳のペドロ・サンチェス・ペレス=カステホン(Pedro Sánchez Pérez-Castejón)氏はスペイン社会労働党(PSOE)党首です。

その経歴は以下の通りです。

72年:2月29日にスペインのマドリードにて出生。

その後、経済学者になる(コンプルテンセ大学:経済学の学位/ベルギーのブリュッセル自由大学:経済政策の修士号/ビジネススクールのIESE:公共リーダーシップの修士号/カミーロ・ホセ・セラ大学:博士号)。

04年~09年:マドリード市議会議員

08年~:カミーロ・ホセ・セラ大学で法経済学部で教壇に立つ

13年:マドリード県選挙区選出の下院議員

14年7月:.社会労働党書記長に就任

16年10月:社会労働党書記長を辞任

17年6月:社会労働党書記長に再任

18年6月:首相に就任。

オランダ:マルク・ルッテ首相の略歴

(25 January 2010/Source:vvd.nl/Author:Nick van Ormondt)

オランダのマルク・ルッテ(Mark RUTTE)首相の経歴は以下の通り。

  • 67年:2月14日に南ホラント州ハーグ市に出生(現41歳)
  • 92年:ライデン大学歴史学部卒(オランダ史を専攻)。その後、ユニリーバ社に勤務。
  • 02~04年:社会・雇用副大臣
  • 04~06年:教育・文化・科学副大臣
  • 06年~:自由民主国民党(VVD)党首
  • 06~10年:VVD下院院内総務
  • 10~12年:首相(第一次ルッテ内閣)
  • 12年~:首相(第二次ルッテ内閣)

首相としては珍しく未婚です。

ブラジル:テメル大統領の略歴

Michel_Temer

テメル大統領の本名はミシェル・ミゲル・エリアス・テメル・ルリア(Michel Miguel Elias Temer Lulia)。長い名前ですね。

  • 40年:サンパウロ州チエテ市が出身地。レバノン移民2世の家庭に1940年9月23日に出生(現77歳)。
  • 64~66年:サンパウロ州教育局長付職員
  • 70年:サンパウロ州検察庁検事
  • 83~84年:サンパウロ州検事総長
  • 84~86年:サンパウロ州公安局長
  • 87~10年:下院議員(ブラジル民主運動党 PMDB)6期連続当選
  • 92年:サンパウロ州検事総長
  • 92~93年:サンパウロ州公安局長
  • 97~01年:下院議長(2期連続)
  • 01年~:PMDB党首
  • 09~10年:下院議長(3回目)
  • 11年~:副大統領
  • 16年5月~ 大統領代行
  • 16年8月末:大統領就任

40代で政界入りし、労働者党のジルマ・ルセフと共に2010年の大統領選に出て、ルセフ当選に伴い副大統領に就任。

2016年に汚職問題で批判を浴びたルセフがブラジル上院の弾劾で180日間の職務停止となると、テメルが大統領代行となる。

8月31日にルセフが上院で罷免され、テメルが第37代大統領に就任。リオ五輪はテメル氏が乗り切った。

17年以降、テメル大統領にも汚職疑惑が浮上。市民からは大統領辞任を求める疑惑が高まったが、下院では8月に最高裁での裁判開始の是非を問う議案が否決され、最高裁が大統領在任中はその司法判断の停止を決めたため、在任中はこの罪状で裁判されることはなくなった。

※関連記事:オリンピック後のブラジル経済 やっぱりヤバいのか

アルゼンチン:マウリシオ・マクリ大統領の略歴

Presidente_Macri_

(10 December 2015/Author Original: Casa Rosada photographers/Derivative work: TharonXX)※WIKI画像

マウリシオ・マクリ(H.E. Mr. Mauricio MACRI)の出身地はブエノスアイレス州タンディル市。

  • 59年:2月8日生(現59歳)
  • 84年:アルゼンチンカトリック大学工学部卒(土木)。その後、自動車や建設関連の企業幹部となる
  • 95~07年:サッカークラブ・ボカ・ジュニアーズ会長
  • 05年:「共和国提案」(PRO:Propuesta Republicana)創設に関わる
  • 05~07年:下院議員(ブエノスアイレス市選出)
  • 07~15年:ブエノスアイレス市長
  • 15年:大統領(※「共和国提案」党首)

サッカー振興団体の会長から大統領になったところに注目。

メキシコ:ペニャ・ニエト⇒ロペスオブラドール大統領へ

NAFTA再交渉の当事者の人物像は以下の通り。

エンリケ・ペニャ・ニエト大統領の経歴

Presidente_Enrique_Peña_Nieto._Fotografía_oficial

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Presidente_Enrique_Pe%C3%B1a_Nieto._Fotograf%C3%ADa_oficial.jpg

  • 66年7月20日:メキシコ州アトラコムルコ市で出生。
  • その後、パンアメリカン大学法学部卒、モンテレイ工科大学にてMBAを取得。
  • 84年:中道右派の制度的革命党(PRI)に入党。
  • 00~02年:メキシコ州政府行政庁長官
  • 03~05年:メキシコ州議会議員
  • 05~11年:メキシコ州知事
  • 12年12月:メキシコ大統領に就任

大統領選では、治安対策やエネルギー改革(国家独占事業に民間資本を導入)、財政改革などを通して4~6%程度の経済成長を公約しました。

ロペスオブラドール次期大統領の経歴

(Source:LENÍN MORENO SE REÚNE CON EL LÍDER MEXICANO LÓPEZ OBRADOR/Author Agencia de Noticias ANDES、Date:3 August 2017)

18年7月1日のメキシコ大統領選では、左派のロペスオブラドール氏が当選しました(得票率は5割超とみられる)。

(※フルネームの四つの頭文字を取り「AMLO」とも呼ばれる。✖アムロ・レイ

大統領選では「メキシコ第一主義」を掲げてトランプ政権に対抗しながらも、勝利演説では米国との親密な関係を模索することを表明しています。NAFTA再交渉に関しては、トランプ氏と同じく、自国にプラスになるのであれば同協定の加盟国を続けるという立場です。

同氏は南部タバスコ州から世に出て、1970年代に、ペニャ・ニエト氏も所属する制度的革命党(PRI)に入党。その後、88年に同党を離党し、中道左派の革命民主党(PRD)の立党に関与しました。

まずは2000~05年にメキシコ市長として務め、その後、二回ほど大統領選に出馬しましたが、あきらめずに14年に国家再生運動(Morena)を創設。

三度目の正直で当選しました。

17年には『リッスン、トランプ』(トランプよ、聞け)を出版。メキシコでは「知らない人はいない」とも言われる知名度や、既成政治家などを「権力のマフィア」と激しく非難したことが功を奏したようです。

ただ、政策はかなり過激で「政権発足初日から年金支給額を倍にする」等と、恐ろしいことをぶちあげています。

(メキシコってそんなに豊かな国だったんでしょうか・・・)

なお、メキシコの政治の仕組みでは、7月に当選しても大統領になれるのは12月1日なので、それまでの間、有権者は二倍の年金を「おあずけ」する形になります。

カナダ:ジャスティン・トルドー首相の略歴

47歳のイケメン首相の略歴。

Justin_Trudeau_

  • 71年:カナダのオンタリオ州オタワに生まれる(現46歳)。
  • 94年:マギル大学卒(B.A. 英文学)
  • 98年:ブリティッシュ・コロンビア大学卒(B.Ed. 教育学)後、教師となる。
  • 08年:下院選当選。移民問題等を取扱う。
  • 11年:下院選再選
  • 13年:自由党党首に就任
  • 15年:下院選三選
  • 15年11月:首相就任

南アフリカ:シリル・ラマポーザ大統領

ズマ大統領が汚職で辞任し、18年2月にラマポーザ副大統領が新大統領となった。

Cyril_Ramaphosa

22 October 2015/Author:Erfan Kouchari

その経歴は以下の通り。

  • 52年:南アフリカのスエトに11月17日に生まれる。リンポポ大と南アフリカ大を卒業
  • 91~97年:アフリカ国民会議事務局長
  • 12~17年:アフリカ国民会議副総裁
  • 14~18年:副大統領

今後、ズマ政権下で汚職の温床となった国営企業を改革する方針。

オーストラリア:ターンブル首相の略歴

 

 

 

 

 

 

 

政治家になる前は企業経営や投資等を通じて自力で1億3300万ドルの財産を築いたマルコム・ターンブル豪首相の略歴。

(資産額は、東亜日報日本語版「豪新首相にターンブル氏、財産1569億ウォンの大富豪」2015/9/16に拠る)

  • 54年:10月24日にシドニーに出生(現63歳)。シドニー大学⇒オックスフォード大(法学専攻)へと進学。
  • 75~79年:ジャーナリスト
  • 80~88年:弁護士
  • 87~97年:ターンブル&パートナーズ社社長
  • 94~99年:オズeメール社会長
  • 95~04年:FTRホールディングス社取締役
  • 97~01年:ゴールドマン・サックス・オーストラリア会長兼社長
  • 04年:シドニー東部のウェントワース選挙区にて下院選当選(オーストラリア自由党。その後三回の選挙で再選)。
  • 06年:第4次ハワード内閣にて首相付政務次官
  • 07年:環境・水資源大臣
  • 08年~09年:自由党党首(09年にアボット前首相に党首選で敗北)。
  • 13~15年:通信大臣
  • 15年:世界的な株安でアボット首相の支持率が下がり、ターンブルは党首選挙の実施を要求。
  • 16年:自由党党首に就任。首相となる。

豪州経済についての関連記事は以下の通り。

※関連記事:オーストラリアETF【IHD/EWA/EPP】を比較する

ニュージーランド:アーダーン首相の略歴

Jacinda_Ardern_MP

(Source:Ardern, Jacinda/Author:New Zealand Parliament)

37歳で国のトップになったジャシンダ・ケイト・ローレル・アーダーン(Jacinda Kate Laurell Ardern)首相の略歴は以下の通り。

  • 80年:7月26日にニュージーランド、ハミルトンにて出生。警察官の父の赴任先であるモリンズビルで育つ
  • 01年:ワイカト大学を卒業(コミュニケーション学士)。ヘレン・クラーク元首相の事務所に勤務。
  • 08年:国際社会主義青年同盟(IUSY)委員長に就任。
  • 08年:総選挙。ワイカト選挙区で敗北後、比例復活で初当選。
  • 11年:総選挙で再選(14年も再選)
  • 17年:マウント・アルバート選挙区の補欠選挙で当選(4期目)
  • 17年3月:労働党副党首に就任
  • 17年8月:労働党党首に就任。
  • 17年9月:23日の総選挙で労働党は46議席を獲得。
  • 17年10月:19日、与党合意でアーダーンが首相に就任。

若き首相として注目されたが、選挙活動中にアーダーンが述べた「資本主義は明白な失敗」などの発言は物議をかもした。ニュージーランドが国営企業ばかりだった時代に逆戻りとなることが懸念されたからだ。

さらには、金融政策においてインフレ目標だけでなく失業率低減の目標の追加、外国人投資家による中古住宅購入の禁止などを掲げた。

台湾:蔡英文総統の略歴

蔡英文

http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=1580

  • 56年:8月31日に生まれる。台湾南部ピントン(屏東)県枋山郷で育つ。
  • 78年:国立台湾大学法学部を卒業
  • 80年:米コーネル大で法学修士号
  • 84年:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法学博士号を取得。
  • 00年:行政院大陸委員会主任委員
  • 04年:立法院委員
  • 06~07年:行政院副院長
  • 08年:民進党主席
  • 12年:総統選で落選
  • 16年:総統就任

韓国:文在寅大統領の略歴

Moon_Jae-in

Korea.net / Korean Culture and Information Service (Jeon Han)

平昌五輪開催や北朝鮮の核を巡って注目される文在寅(ムン・ジェイン)氏の略歴とは。

  • 53年:1月24日に慶尚南道巨済にて出生(現在64歳。朝鮮戦争を逃れ、両親は朝鮮北東部から巨済島の難民キャンプに逃れた)
  • 75年:慶煕大法学部3年の頃に朴正煕政権に対抗する「民主化運動」に参加。逮捕される
  • 75年:釈放後、軍に入隊
  • 80年:慶熙大法学科卒。弁護士になったが、司法試験合格通知を受け取ったのは、留置場の中だった
  • 02年:大統領選で盧武鉉当選に尽力
  • 07~08年:盧武鉉政権で大統領秘書室長
  • 12年:12月の大統領選に民主統合党から出馬し、朴槿恵候補に4%差で惜敗する。
  • 17年:5月9日に第19代大統領選で当選。

当選後は、従来の親北路線をやや緩和し、トランプ大統領に合わせていますが、慰安婦合意見直しを訴えるなど、反日路線は際立っています。

※関連記事:【文在寅政権】政策一覧/大統領の経歴

北朝鮮:金正恩・朝鮮労働党委員長

金正恩

Blue House (Republic of Korea)

  • 84年?:金正日総書記(北朝鮮指導者の2代目)の三男として生まれる。
  • 96年:スイス留学。2000年以降の動向は謎。日本のディズニーランドに来たともいわれる。
  • その後、金日成総合大学に在学。金日成軍事総合大学で軍事訓練。
  • 10年9月:金正日は金正恩ら6人を朝鮮人民軍の大将に昇進させ、その後、正恩氏を事実上の後継者認定。
  • 11年12月17日:金正日の後を継いだ。2011年:12月30日:朝鮮人民軍最高司令官に就任

※関連記事:北朝鮮の戦力とは? 脅威の実態はミサイルと特殊部隊、核と化学兵器

ミャンマー:アウンサン・スーチー国家顧問の略歴

 

 

 

 

 

 

 

スーチー氏はミャンマーの「国家顧問」(大統領はテイン・チョー氏)。

憲法上、外国籍の親族のいる人物は大統領になれませんが(スーチー氏は2人の息子が英国籍)、国家顧問として影響力を発揮している。

ロヒンギャ問題で最近、批判が集まりつつあるスーチー氏の経歴とは。

  • 45年:独立の父アウンサンの娘として6月19日に出生 (現72歳)
  • 60年:敬虔な仏教徒の看護婦だった母と共にインドに留学(政治学を学び、ネルー首相やガンジーの思想に影響を受けた)
  • 64年:英オックスフォード留学(哲学・政治学・経済学を専攻)
  • 72年:オックスフォード大学の研究者と結婚
  • 85年:京都大学東南アジア研究所研究員
  • 87年:ロンドン大学でアジア・アフリカ研究所にも在籍
  • 88年:母親の病気を契機に帰国し、民主化運動に参加
  • 88年:9月に国民民主連盟(NLD)を結成し、総書記に就任。
  • 89年:7月に「国家防御法違反」で自宅軟禁
  • 91年:3月には総書記を解任され、ノーベル平和賞を受賞
  • 95年7月:自宅軟禁解除
  • 00年9月:当局により地方訪問を阻止され自宅軟禁
  • 02年5月:自宅軟禁解除
  • 03年5月:地方遊説中、当局に拘束され、同年9月28日より自宅軟禁
  • 09年5月:米国人自宅侵入事件で禁固3年。政府の特別措置で刑期を1年半に短縮、自宅軟禁措置に変更。
  • 10年11月: 自宅軟禁解除

スーチー氏は、20年間のうち14年以上を獄中や自宅軟禁下で過ごし、11年8月にテイン・セイン大統領と会談後、12年1月に国民民主連盟(NLD)議長に就任した。

  • 12年:4月の議会補欠選に当選。45議席中43議席をNLDが獲得。
  • 15年:11月に民政転換後の総選挙でNLDが圧勝。
  • 16年:3月に現職(※四閣僚兼務をやめ、外相と大統領府相兼務に仕事を絞った)

スーチー氏は4月22日に首都ネピドーに各国外交団を招き「全ての国と友好関係を構築する」と述べ、欧米への友好路線を打ち出す。

父アウンサン将軍のことを詳しく知るために日本語を学んだ。80年代に2年間、英国のオクスフォード大学で日本語を学び、漢字を習得して三島由紀夫の小説を日本語で読めるまでになったとも言われる。

ベトナム:グエン・スアン・フック首相の略歴

Nguyen_Xuan_Phuc

 

 

 

 

 

 

ベトナムでは党書記長が共産党を仕切り、国家主席が軍事・外交を担い、首相は経済政策等の内政を担う。

とりあえず、首相の略歴を紹介してみる。

  • 54年:7月20日にクアンナム省で出生(現64歳)
  • 73~78年:ハノイ国民経済大学に学ぶ(卒業後、クアンナム=ダナン省経済管理委員会幹部となる)
  • 80年:クアンナム省人民委員会。国家行政学院で行政学を学ぶ
  • 83年:ベトナム共産党に正式加入
  • 90年代:クアンナム省人民委員会、同省委員会の常務委員会等の要職を歴任
  • 99~04年:クアンナム省人民委員会主席
  • 06年:52歳頃に党中央委員となり、政府監察院副総裁に就任。
  • 06年:政府官房筆頭副長官
  • 07年:政府官房長官
  • 11年:党政治局員入り(副首相)。クアンナム省から国会議員に選出。
  • 16年:首相

ラオス:トーンシン首相の略歴

Thongsing_Thammavong_

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 本名はトーンシン・タムマヴォン。
  • 44年:4月12日にラオス北部のフアパン県に生まれる(現73歳)
  • 59年:革命運動に参加した(ラオス人民革命党はフランスと戦っていた)
  • 63~76年:フアパン県の中学校校長や教育省職業訓練局次長等を歴任
  • 76~82年:ラオス人民民主共和国の建国後、教育省組織局長
  • 82年:人民革命党中央委員
  • 82~83年:党中央広報訓練委員会副委員長
  • 83~88年:文化大臣
  • 88年:党中央委員に選出
  • 89年:最高人民議会副議長/憲法起草委員会委員
  • 91年:政治局員/最高人民議会議長代行
  • 92~01年:党組織委員会委員長
  • 02~06年:ヴィエンチャン特別市市長兼党委員会書記
  • 06年:4月に国民議会議員選で当選。6月には同議長
  • 10年:12月に前任者のブアソーン・ブッパーヴァン首相が辞任。第6代首相になった

タイ:プラユット首相の略歴

Chan_o_cha_Portrait

 

 

 

 

 

 

タイではたびたび「民政」と「軍政」の間で政権交代が繰り返される。

民政が大混乱すると軍政が台頭し、「政治的安定」を取り戻そうとする。

これは望ましいあり方ではないが、「日本や欧米とは政治文化がもともと違うので、しかたがない」と諦める人もいる。

さて、その軍政を率いるプラユット・チャンオチャ首相の略歴とは、

  • 54年:3月21日にタイのナコーンラーチャシーマー県に出生(タイ東北部近辺)
  • 72年:国防衛大学やチュラチョームクラオ陸軍士官学校を卒業し、その後、陸軍軍人としてキャリアを積む。
  • 14年:インラック首相時代の混乱を見て、プラユット大将がクーデター。5月に戒厳令を発令。
  • 14年7月:7月に公布された暫定憲法で国家立法会議を設立
  • 14年8月:ニワットタムロン首相代行が率いる政権を倒し、「国家平和秩序評議会(NCPO)」によって実権を掌握。首相となる。
  • 14年9月:NCPO議長・プラユット陸軍総司令官を首相とする政権が発足。総選挙後までの1年間の政治を担当することになった

軍政は諸外国から批判を浴びたが、NCPOはクーデター直後から景気回復策を打ち出し、2015年予算案やタイ投資委員会の手続きを再開させた。

景気減速の障害を除いたという見方もある。

政権発足時の所信表明演説では、相続税と固定資産税による格差是正策や近隣国との経済連携の強化等を訴えた。

15年2月にはプラユット首相は日泰首脳会談のために来日している。

カンボジア:フン・セン首相の略歴

Hun_Sen

 

 

 

 

 

 

 

Samdach_Akkak_Moha_Sena_Padey_Dekjo_Hun_Sen_-_World_Economic_Forum_on_East_Asia_2010.jpg

  • 51年:4月4日にカンボジア中部コンポンチャムの農家に出生(父親は海南島出身の華人。フンセン≒雲昇?)
  • 70年代:ロン・ノル政権に対抗し、北京亡命政権の下級部隊指揮官として従軍し(クメール・ルージュ軍に参加)、左目を負傷した。
  • 77年:人民虐殺で悪名高いポル・ポト政権から離脱し、反ポル・ポト軍を結成し、ベトナムに亡命
  • 79年:プノンペン陥落。カンボジア成立。28歳で外務大臣
  • 81年:コンポン・チャム州の国会議員に当選。副首相になる。
  • 84年末:チャン・シ首相が死去。フン・セン氏が85年に首相。
  • 91年:フン・センは党中央委員会副議長に
  • 93年:5月に国連管理下の総選挙。フンセン氏はノロドム・ラナリット(シアヌーク国王の次男)殿下が率いる暫定政権の共同首相に就任。

この年に新憲法が発効し、カンボジア王国が成立すると、第二首相になる。

その後もカンボジアでは内部闘争が続いたが、フンセン氏は98年、04年、08年、13年に首相を続投。

09年以降、隣国のタイから逃亡中のタクシン・チナワット元首相を、個人アドバイザーに迎え入れた。

マレーシア:マハティール首相の略歴

5月10日にマレーシア総選挙の結果が確定し、ナジブ・ラザク氏に替わり、マハティール・モハマド(Mahathir Mohamad)氏が首相に就任することになりました。

2003年まで首相だった同氏が92歳で首相に返り咲くのは、世界でも異例の出来事です。

その経歴を見てみます。

  • 25年:英領マラヤ時代のマレー半島北部クダ州の州都アロースターにて出生(9人兄弟の末子)
  • 53年:マラヤ大(現シンガポール大)医学部を卒業(医務官となり、その後、開業医となる)
  • 64年:下院議員に初当選
  • 69年:ラーマン首相と対立し統一マレー国民組織(UMNO)を追放される(69年に下院選落選)
  • 74年:下院に復帰し、教育相に就任
  • 76年:副首相
  • 78年:副首相兼貿易相
  • 81年:UMNO総裁/マレーシア第4代首相に就任
  • 86年:首相兼内相
  • 87年:首相兼内相、法相
  • 90年:貿易ブロック構想、東アジア経済会議構想(EAEC)を提唱
  • 03年10月:首相を退任

マハティール氏は首相就任後に「ルック・イースト」を提唱し,日本や韓国から学ぶ姿勢を打ち出し、マレー人を優遇する「ブミプトラ政策」を強調しています。

※ナジブ・ラザク首相の略歴

1953年7月23日に第2代首相のトゥン・アブドゥル・ラザクの息子として生まれる⇒クアラルンプールのセントジョンインスティテューションを卒業。英モルヴァーン・カレッジ、ノッティンガム大を卒業⇒マレーシアの第6代首相を務め、統一マレー国民組織(UMNO)の総裁を兼任⇒04年以来、副首相を務め、09年に首相に就任。

シンガポール:リー・シェンロン首相の略歴

by Petty Officer 1st Class Chad J. McNeeley, U.S. Navy. (Released)

  • 52年:2月10日に建国の父リークアンユーの息子としてシンガポールに生まれた
  • 74年:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ校を卒業(数学、コンピューター工学専攻)
  • 80年:ハーバード大学ケネディスクールを卒業(行政学修士)。まず軍でキャリアを積む。
  • 71年:シンガポール国軍入隊
  • 81年: 統合幕僚運用部長
  • 82年: 統合幕僚長

その後、政治家として歩み始める。

  • 84年:32歳頃に国会議員初当選(以降計6選)。貿易産業担当国務大臣兼国防担当国務大臣
  • 87年:貿易産業大臣兼第二国防大臣
  • 90年:副首相兼貿易産業大臣
  • 93年:41歳頃に副首相になる
  • 98年:副首相のまま通貨監督庁(MAS)議長兼任
  • 01年:さらに財務大臣を兼任
  • 04年:首相兼財務大臣
  • 04年:人民行動党(PAP)書記長
  • 07年:55歳で首相
  • 15年:リークアンユー氏の死後、人民行動党書記長となる。

フィリピン:ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の略歴

Rodrigo_Duterte

visit at the Presidential Palace in Vientiane, Laos on September 7. TOTO LOZANO/PPD

ドゥテルテ氏は1945年にレイテ島で法律家の父と学校の先生の母の間に生まれた。

大学卒業後、10年ほど検察官を務め、政界に進出。母方の祖父は中国系なので、中国語も聞き取れる。

学生時代の逸話としては、ケンカばかりしていたとか、神父に青いインクを浴びせて退学させられた等の逸話が残っています。

「妹のジョセリン氏によると、ある晩、ドゥテルテ氏はけんかで負った刺し傷を押さえながら倒れるようにして家に帰ってきたという。またドゥレザ氏の話では、大学時代には友人が襲われた仕返しに同級生の足を銃で撃ったこともあった。同級生は回復し、ドゥテルテ氏が訴えられることはなかったという」(WSJ日本語版16/10/24「フィリピン大統領、「米国と決別」の裏に憤りの半生(後編)」)

ただ、その後、検察官になっているので、勉強は得意だった(強盗被害の経験から犯罪組織撲滅を誓って検事になったとも言われる)。

大学時代にフィリピン共産党の創設者から学んでいるので、このあたりが反米のルーツなのかもしれない。

  • 88~98年:ダバオ市長(43~53歳)
  • 98~01年:下院議員(53~56歳)
  • 01~10年:ダバオ市長(56~65歳)
  • 10~13年:ダバオ市副市長(65~68歳)
  • 13~16年:ダバオ市長(68~71歳)
  • 16年6月30日以降:フィリピン大統領

副大統領はレニー・ロブレド氏で、所属政党は「フィリピン民主党・国民の力」。

ダバオ市長から下院議員になったり副市長になったりしているのは、フィリピン憲法が同一人物が延々と同じ役職で選ばれ続けることを禁止しているため。

インドネシア:ジョコ・ウィドド大統領の略歴

Joko_Widodo

 

 

 

 

 

 

 

1961年6月21日に中部ジャワ州にあるスラカルタ(ソロ)市に出まれた(現56歳)。

スラカルタ市の貧しい大工の家に生まれ、父の家具工房を手伝いながら小中学校に通学した。

高校進学時の志望校への受験等を経てガジャ・マダ大学林業学部に進学し、木材加工を研究。

この大学を24歳の時(85年)に卒業し、木工業の会社に勤めたがうまくいかず、叔父の木材会社に勤務。

その後、自分で家具製造と輸出を行う企業をつくった。倒産と再建を経ながら二男一女を育てた苦労人。

  • 92~96年:インドネシア商工会議所のスラカルタ支部鉱業エネルギー部長
  • 02~07年:インドネシア家具手工芸品協会会長
  • 05年:スラカルタ市長
  • 10年:市長再選(スラカルタ市を観光都市として盛り上げた)
  • 12年:市長ニ期目の途中で州知事選に出馬。ジャカルタ首都特別州知事になる(福祉政策に注力)
  • 14年:知事一期目の途中で辞任し、大統領選に出馬
  • 14年10月:インドネシア大統領に就任

ジョコウィ氏を支援したのは01年~04年まで大統領を務めたメガワティ氏。インドネシアでは軍人出身の政治家が大統領になることが多く、ジョコウィ氏の対抗馬だったプラボウォ・スビアント氏(62歳)はもともと陸軍の高官(戦略予備軍司令官)だった。

ジョコウィ氏の前任者にあたるユドヨノ大統領は軍人出身で04年~14年までの長期政権を敷き、国の安定と経済成長を実現したが、不人気な人事(宗教相に宗教的少数派を軽視する人物をあてた)や政敵を汚職捜査で陥れた疑惑などが浮上し、新しく台頭してきたジョコウィ氏に敗れた。

※関連記事:インドネシアのジョコウィ大統領の素顔 日本とアメリカとの関係はどうなる

イスラエル:ネタニヤフ首相の略歴

ネタニヤフ

Author Cherie Cullen

本名は「ビンヤミン・ネタニヤフ(Benjamin NETANYAHU)」(愛称は「ビビ」)。

  • 49年:10月21日にテルアビブにて出生(現68歳)。
  • 67-72年:国防軍コマンド部隊。退役後、ビジネスコンサルティングに携わる
  • 79年:民間のテロ対策研究機関にに所属
  • 82~84年:在米イスラエル大使館次席
  • 84~88年:国連大使
  • 88年:クネセット総選挙当選。議員となる。
  • 88~91年:外務副大臣
  • 91年:マドリッド中東和平会議でイスラエル代表上級団員となる。
  • 93年:44歳でリクード党首に就任。
  • 93~96年:首相
  • 02~03年:外相
  • 03~05年:財務省
  • 09年:首相就任

米マサチュセッツ工科大を卒業。ヘブライ語、英語、フランス語に長じている。

著書は『テロリズム―西側はいかにして勝利を手にするか』

サウジアラビア:サルマン国王の略歴

 

 

 

 

 

 

46年ぶりに2月12日に訪日したサルマン国王は、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、日本、中国の順に訪問を重ね、4週間ほどの異例の長期訪問を続けた。これは、近年の原油価格の下落により財政が悪化し、近年、石油依存経済から脱却する道筋を模索しているため。外遊は経済協力を引き出し、国内の経済改革への弾みをつけることが狙い。

サルマン国王の本名は「サルマン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード」。

「二聖モスクの守護者国王」の略歴は以下の通り(これは、サウジアラビアがイスラムの聖地メッカとメディナを防衛していることに由来した敬称)

  • 35年:12月31日に首都リヤドで出生(現82歳)。イスラムの指導者からの家庭教育を受けて育った。
  • 54年:19歳でリヤド州知事となる。
  • 11年:国防相
  • 12年:国防相と皇太子、副首相を兼任
  • 15年:国王兼首相

57年もの長きにわたって知事を務め、皇太子になり、兄であるアブドラ前国王の死後、国王になった。

即位後、息子のムハンマド国防相(1985年生なので当時29歳)を副皇太子(王位継承順位第二位)に任命し、世代交代の道を開いた。

サルマン王は、即位後に原油価格の急落や、サウジ内のシーア派指導者の処刑に端を発したイランとの国交断絶など激しい国際情勢の変化に直面している。

高齢のせいもあって、国政の判断の多くをムハンマド副皇太子に委ねている。

実権を握りつつあるムハンマド皇太子に関しては、関連記事サウジアラビアは2018年にどうなる ムハンマド皇太子は独裁路線?を参照

エジプト:シシ大統領の略歴

Sisi

Official Internet Resources of the President of Russia

  • 54年:カイロに生まれる
  • 77年:エジプト陸軍士官学校卒(その後、機械化師団長。国防省事務総局首席補佐官を歴任。サウジアラビア大使館付陸軍武官等を歴任)
  • 11年:エジプト軍軍事情報庁長官
  • 11年:アラブの春が起き、ムバラク追放。モルシ政権成立(軍最高評議会に抜擢されたシシとモルシの対立が深刻化)
  • 13年:シシがクーデターでモルシ政権を倒す。

欧米諸国からは軍政回帰が警戒され、欧米リベラル系のメディアからはシシは叩かれ続けている。

しかし、リアリズムで見ると、エジプトの安定は中東の均衡を保つために不可欠という意見も根強い。

トルコ:エルドアン大統領の略歴

author:Пресс-служба Президента Российской Федерации

本名はレジェップ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip ERDOĞAN)。

  • 54年2月26日にイスタンブールで生まれ、
  • 73年:宗教指導者を養成するイスタンブール・イマーム・ハティプ校を卒業(マルマラ大学経済商学部をも卒業。商社に勤務し、アマチュア・サッカー選手にもなった)
  • 75年:21頃に国家救済党(MSP)で支部青年局長
  • 85年:31歳頃に福祉党(RP)でイスタンブール総支部代表
  • 86年:福祉党の中央執行委員
  • 91年:福祉党から91年(37歳)で総選挙に立候補し、落選。
  • 94年:40歳頃にイスタンブール特別市長に当選。

しかし、偉くなるまでの間に刑法犯として度々しょっ引かれた。

  • 97年:演説内容が扇動罪に問われ検察に訴えられる
  • 98年:禁固10ヶ月の実刑判決(有罪確定。市長解任)。
  • 99年:刑務所に収監され、7月に特赦で釈放。

途上国の政治運動はなかなか大変だが、エルドアン氏は頭角を現す。

  • 01年8月(47歳):公正発展党(AKP)を結成。立党以来、党首を務める。
  • 02年9月(48歳):高等選挙評議会に総選挙立候補を却下される。
  • 03年3月(49歳):国会議員に初当選。首相就任。
  • 07年7月(53歳):国会議員再選。翌月に第2次内閣発足。
  • 11年6月(57歳):国会議員3選。翌月に第3次内閣発足
  • 14年8月(60歳):大統領に就任。
  • 16年7月(62歳):トルコ軍クーデターを鎮圧。その後、非常事態宣言。

16年7月以降、強権化し、今は欧米メディアでも独裁者扱いされている。

エルドアン氏がクーデター後に強権化した経緯は以下の通り。

  • 16年7月15日:蜂起したトルコ軍の一派は国営放送局を占拠し、「軍の権限を掌握」と発表。ボスポラス海峡大橋と空港を封鎖。首都アンカラでもトルコ大国民議会を空爆し、軍関連施設や大統領府、官公庁等を襲撃。
  • エルドアン大統領は休暇先のマルマリスから全国民にクーデターに対抗すべきだと訴え、広場・空港等に出ることを呼びかけた。各地で市民が街頭に集まり、クーデター派に対抗。
  • 7月16日にはクーデター派が投降を開始。参謀総長代行がクーデターは失敗と発表した(市民を中心に死者250名、負傷者2193名の犠牲を生んだ)。
  • トルコ政府はクーデター首謀者は宗教指導者のギュレン師だと断定。
  • 7月20日にギュレン派を公的機関から一掃すべく90日間の非常事態を宣言。
  • その後、17年以降も非常事態宣言の延長を続け、それを大国民議会で承認させている。

イラン:アリー・ハメネイ(最高指導者)の略歴

イランでは大統領の上に「最高指導者」という役職があります。ハメネイはホメイニの後継者として、1989年以来、イランを率いてきました。

イランの動向を見る際には、大統領だけでなく、その上にいるハメネイの動きを見る必要があります。

Seyyed_Ali_Khamenei

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Seyyed_Ali_Khamenei.jpg

  • 39年:7月15日に出生。小中学校を卒業後、イスラム諸学を修める。
  • 58年:イラクのナジャフで神学を学ぶ。その後、64年までホメイニのもとでイスラム法学を学ぶ。
  • 62年:ホメイニの呼びかけに応え、イスラム勢がゴム市で革命運動に蜂起。失敗し、ハメネイは投獄された。釈放後は革命の組織づくりに貢献。
  • 81年:前任のモハンマド・アリー・ラジャーイー大統領が暗殺され、大統領となる。
  • 85年:大統領に再選される。
  • 89年:ホメイニの死後、最高指導者に選出される

イラク:アバディ首相の略歴

Haider_al-Abadi_January_2015

(Date:2015/1/22、Source Flickr: Counter-ISIL Coalition Small Group Meeting、Author:Foreign and Commonwealth Office)

本名はハイダル・アル=アバーディ(Haider al-Abadi)。IS台頭から打倒までの多難な時代の首相を務める。

  • 52年:4月25日にバグダッドに出生(現65歳)
  • 67年:ダアワ党に入党(兄弟2名が反政府活動で処刑される)
  • 75年:バグダード工科大学で電気工学を学ぶ。
  • 81年:英マンチェスター大で電気工学博士号を取得
  • 03年:イラク戦争まで英国でエンジニアリング業界のコンサルタントをしながら、亡命イラク人によるダアワ党指導者となる。
  • 03年:通信大臣(~04年)
  • 13年:財務委員会議長
  • 14年:8月に首相に任命(内閣発足は9月8日)

スポンサーリンク

関連コンテンツ

更新日:

Copyright© トランプ政権と米国株投資 , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.